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「俺が皇帝レヴィアス? ふざけるなっ!!」
エリスの想像もしなかった答えに、アリオスは洞窟の岩肌に思いきり拳をぶつける。
「正確に言えばあなたはレヴィアス本人ではないわ」
そう言ってしまってから、はっとなってエリスは僅かに目を伏せた。しかし、アリオスはその仕草を見逃さず、じっとエリスを睨み据えて自嘲気味に呟いた。
「……言えよ。ここまで言っちまっといて、今更隠し事もねえだろ」
エリスは口にしてよいのかどうかひどく躊躇っていた。しかし彼女を見つめる強い瞳に後押しされたのか、覚悟を決めてしっかりとアリオスを見つめ返し口を開いた。
「あなたはレヴィアス自身ではないわ。あなたは……レヴィアスが生み出した影。もうひとりのレヴィアスなのよ。……彼が総てに復讐しようと決意した時排除した、大切な感情からあなたは生まれたの」
「な……んだって……?」
「優しさ、いたわり、人を愛する心。……それらは復讐の時、邪魔になる。
だから彼は考えたの。並みならぬ魔道の持ち主である自分になら心を封じることが出来る筈だと。人の心を捨て去ることが出来ると……。そして……実行したのよ」
「う……そだろう? 俺はじゃあ……人間じゃないってことなのか?」
アリオスは混乱していた。一人の強い魔道士の感情が生みだした存在……それが自分だというのだ。
アリオスの視線に絶えきれなくなって、エリスは辛そうに瞼を閉じる。
しかしそれは、無言のうちに肯定を意味しているのだとアリオスは悟り、ふっとため息を漏らすとやがて笑いだした。
「ふっ……どうりで記憶がないわけだ。あるわけがねぇ。俺は……作られた存在なんだからな。……ははっ、人形だったってわけか。ざまぁねぇ結末だぜ」
再び壁に音がするほど拳を叩きつける。じんわりと血がにじみ出てきたがそれ程痛みは感じなかったのが、アリオスには不思議に納得できた。
「もうあなたは人間だわ。自分の足で立って歩いているもの」
エリスは弁解するようにアリオスを見上げ、その手を取って拳に滲んだ血をアンジェリークのハンカチでそっと拭い取った。彼女の真っ直ぐなその瞳を凝視できなくて、アリオスは手を預けたままふっと顔を背ける。
「さぁ、どうだかわからねえぜ? レヴィアスとかいう奴がやりたかった事をそのままなぞっているだけかもな」
自分で口に出してはっと気がつく。思い当たることがあったからだ。
何故、始めてあった時からアンジェリークが気になったのか。おっとりとしたこの少女の一体どこに興味を持ったのだろうか。
何故、あっという間にこんな気持ちに――彼女を守りたい、ずっと……俺だけの側にいて欲しいと願うようになったのか。
「あんたに似ていたからだってことか……とんだお笑い種だ。最初から、すべて操られていただけってことかよ」
ついつい自分自身をあざ笑ってしまう。自分が今までしてきた事が、総て偽りだったように思えたのだ。
するとエリスは再びうなだれ、涙が頬を伝って足下に幾つも落ちていった。
「あなたと話したかった。思いだして欲しかったの。でもそれはあなたを混乱させただけ……ごめんなさい」
アリオスはエリスの顔を上に向かせ、優しく涙を拭ってやる。
「あいつと同じ顔して泣くな……」
「これだけは言わせて。あなたが彼女を愛したのは操られたからじゃない。彼女が私に似ていたからなんかじゃないわ。それはあなた自身の感情……私にはわかるの」
エリスは真剣なまなざしを向ける。
アンジェリークと同じ、強い意志をもった瞳。
「寂しいけれど、私はあなたにとって夢に出てきただけの女。あなたが愛しているのは、まぎれもなく彼女……アンジェリークなのよ。それを忘れないで……アリオス」
「初めて、俺の名前を呼んでくれたな……」
アリオスの呟きに、エリスは僅かに微笑む。そしてゆっくりと瞼を閉じた。
「……アリオス」
「ここにいる……」
暖かいアリオスの手のぬくもりを感じて、アンジェリークはほっとしてゆっくりと目を開けた。まだぼうっとしている頭を起こすと、少し眩暈がする。ふらつく身体をアリオスは優しく支えてくれていた。
「私……急に気が遠くなって」
「こっちも驚いたぜ。急に倒れるんだもんな。緊張の糸が切れたんじゃないのか。俺に逢えてほっとして……」
アリオスは微笑んだ。そのあまりにも無邪気な笑顔にアンジェリークは訳もなく顔を赤らめた。真っ赤になるアンジェリークに、アリオスは優しく声をかける。
「どうした? 何赤くなってんだよ。また熱でも出てきたのか?」
「な、なんでもないっ! そ、それより、早く皆さんを探さなくちゃ!!」
アンジェリークは誤魔化すようにアリオスの手を振りほどくと、慌てて立ち上がり壊れたロッドを握りしめて2回3回と大きな深呼吸をした。
『ど、どうしたのかしら、私ったら。アリオスに見つめられてドキドキするなんて初めて……。
で、でも、だってアリオスが、あんなに無防備に笑うんだもん……。
どうしよう、思いだしたらまたドキドキしてきちゃった……』
不思議な感情を吹っ切るように、軽く頭を振ってみる。
もう眩暈はしない事を確かめると、なるべくアリオスの顔を見ないようにしてくるりと振り返った。
「もう、大丈夫! さ、行きましょ?」
「そうだな……。あいつらのところへ届けるまでが、俺の仕事だしな」
アリオスはゆっくりと立ち上がる。何かを決意したその瞳の色に、この時アンジェリークは気がつかなかった。