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ザザ……ン。
波の音が夜風と共に耳に響いてくる。昼間の暑さがまるで嘘のような涼しい風だ。
「静かだねぇ。風も気持ち良いし……」
オリヴィエはその場に膝を着くと、足下の砂をすくってみる。砂はさらさらと彼の細い指の隙間から再び地面へと零れ落ちた。
それを黙って見つめ、何度も同じ事を繰り返しながらオリヴィエはぽつりと呟いた。
「ほーんと、綺麗。……嫌なことなんか全部忘れそうだよ」
石化を解くには、三つの宝玉が必要である。
エルンストとルヴァによる徹夜の分析から導き出された答えがそれだった。
「宝玉? なんだそれ?」
たたみかけるようにゼフェルが問いただす。
このところ、敵の後手々々に廻ることが多く、それが気に入らない彼は最近すこぶる機嫌が悪い。ついつい語気を荒げてしまうのだが、ルヴァは慣れているの所為で対して気にしていないらしく、いつもののんびりとした調子で答える。
「伝説でしてね。三つの宝玉を尊い方が掲げると、石化が解けるというんです」
「言い伝えとはいえかなり信憑性は高いと考えられます。何しろ王立研究院の書庫にあったデータですから。宝玉はそれぞれ別の場所にあるらしいのですが、そのおおまかな所在も昨夜ルヴァ様と私とで突き止めています。後は捜索の手順なのですが……」
エルンストは手元にある文献と書類を取っ換えひっ換えしながら、昨夜の成果をキビキビと皆に報告する。
そんな彼の様子を見ながらアンジェリークは、やれやれと自分の肩を軽く叩くルヴァの側に寄ってその袖を引くと話しかけた。
「本当、くよくよしていてはダメですね。先の事だけ考えて前に進まなきゃ……」
ルヴァはアンジェリークを見下ろして優しく頷いた。
「そうですね。私達も頑張らなくてはなりませんねぇ、アンジェリ-ク」
「はい、ルヴァ様」
あの時のアンタ、とても綺麗だったよ。しっかりと前を見つめて歩こうとしていた。
それからだよ、アンタから目が放せなくなったのは……。
オリヴィエは夜空を見上げて思い出す。
金の宝玉を取りに砂漠の星に行った時。
砂と埃まみれになりながら洞窟を進んでいく姿。
緑の宝玉を取りに霧深い惑星に行った時。
暗い森のなかで輝くコケを見つけてはしゃぐ姿。そのコケよりもきらきら輝く瞳をしてたっけ。
そして今日。最後の一つ、銀の宝玉を取りに小さな孤島を訪れた時。
透き通る花びらがアンタの手の中で美しい銀色の光を放った時、アンタがまるで本当の天使になったのかと思ったよ。
「……誰かいるの?」
オリヴィエははっと顔を上げると、声のトーンを落として鋭く問いかける。
そして、木の陰から出てきた人影に向かって思わず身構えた。
「……アリオスじゃないのさ。何してんの、こんな所で……」
「悪い、驚かせて。……ちょっと、夢を見たんだ」
「夢?」
オリヴィエはふっと緊張を解くと、ゆっくりとアリオスに向かって行った。
「へぇ。知らない女の子の夢……ねぇ」
「なんだよ。その奥歯に物が挟まったような言い方は?」
「そう? 私はただ昔泣かせた娘じゃないのかと思っただけ」
「記憶がねえんだ、わかるもんか。……それにそいつ、アンジェリークに似てる気がするんだ……なんとなく……だけどな」
「ふ~ん。……アンタも言ってくれるじゃない? 色男だねぇ」
アリオスは、皮肉っぽい言葉を投げ掛けてくる夢の守護聖を目を細めて睨み付けた。
『……私はアンタのこと、信用したわけじゃないからね』
オリヴィエはそんな事を物ともせず、静かに海を見つめたまま心の中で先を続ける。
『……先の見えないこんな旅についてくるなんてよっぽどの物好きか、何か別の目的があるに決まってる』
自分の隣でそっぽを向くアリオスを改めて観察していると、ふとオリヴィエの頭の中をある思いが過った。
『へえ……結構化粧映えしそうな顔してるじゃない』
そして、どんな時でもそんな事を考えてしまう自分が少し可笑しくなってしまう。
オリヴィエはふと思いあたる。
アリオスの顔をこんな間近できちんと見たことは今までなかった。
それはいつもアンジェリークが側にいるからだ。
いつからだっただろう……楽しそうな二人を見るのが苦痛になってきたのは。
『嫉妬……しているのだろうか? あの子は私達の前であんな風に振る舞わない。私には……あんな顔して笑いかけてこない』
「だから私、アンタの事嫌いなんだ」
オリヴィエは吐き捨てるように低く囁くとすっと立ち上がり、唖然とするアリオスを残してさっさと長老の家に向かって歩き出した。
「話してみろって言っておいてそれか? 守護聖様ってのは、随分とお偉いんだな!」
アリオスは上体を捻ると小さくなるオリヴィエの背中に思いきり毒付き、勢い良く立ち上がってオリヴィエとは反対方向にずんずんと肩を怒らせて歩き出した。
オリヴィエは、アリオスの怒鳴り声などまるで聞こえなかったかのように再び夜空を仰ぐ。
「ほんと、綺麗な空だねぇ……。
砂浜の砂が手から零れ落ちて何も残らないように、この流れ星を見ていて何もかも忘れられたらいいのに……」