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「う……ん。…………ここは……?」
アンジェリークはゆっくりと目を開け、天井を見つめた。やがて微かに上体を起こしたが、途端に激しく咳きこむ。
「親切な奴がベットを貸してくれたんだよ。煙を吸込んでんだから無理すんな。もう少し休んでろ」
聞きなれない声がして、口元を押さえたまま恐る恐る視線だけ動かす。
壁際に彼は腕を組んで立っていた。
プラチナブロンドの髪と深い碧色の瞳。
細身だが、鍛えられた物とすぐに解る身体つきの長身の青年は、皮肉っぽい微笑みを口元に浮かべてこちらを観察している。
「……あなたが助けてくれたの?」
「ああ」
「そうなの……あの、ありがとうございました」
アンジェリークは律義にペコリと頭を下げる。だが、はずみで腹部を刺激してしまいまたげほげほと激しく咳き込んでしまった。青年は一瞬驚き、ついで口元に手を当て僅かに視線を逸らした。
「……クックッ……。面白いな、あんた」
「……え?」
ようやく咳が収まり、涙目になったまま顔を上げるアンジェリークに向かって青年はくすっともう一度軽く笑った。
「いや、なんでも。……ところであんた、女だてらに一人旅か? それにしちゃあ、ずいぶんと抜けてるようだな。ぐっすり眠り込んで火事に巻き込まれるなんてさ」
青年の無遠慮な物言いに、アンジェリークは慌てて少し俯き表情を読まれないようにする。
『助けてくれたのはありがたいけど……。もう少し言い方ってものがあるんじゃないのかしら』
「いいえ、一人じゃないわ。今はちょっと別行動してただけ」
「へえ、やっぱりな。あんたみたいなのが一人旅してたら命がいくつあっても足りないからな。……で、どこへ行くつもりなんだ?」
『どこだっていいじゃない!』
アンジェリークはあやうく声に出しそうになったが、なんといっても相手は命の恩人である。懸命に堪えると、感情を出さないよう用心して答えた。
「今はちょっと言えないの。助けてもらったのに、ごめんなさい」
「ふーん。……ま、いいけどな」
青年はつまらなそうにそっぽを向いたが、意外にあっさり納得したので、アンジェリークは今度は何だか拍子抜けしてしまった。
『……口は悪いけど、そんなに悪い人じゃないのかな? 一応助けてくれたんだし……』
アンジェリークが不思議そうに自分を見つめている視線に気づいたのか、青年はふとこちらに向き直ると軽く笑う。そして壁に立て掛けていた剣の鞘を掴むと、彼女に背を向け部屋の扉に手をかけた。
「じゃ、俺行くわ。あんたも一人で動けそうだし、それに仲間が待ってるんだろ?」
「あ、ええ。……あ、あの、ほんとにありがとう」
「いいって。気にすんな。これからは仲間に迷惑をかけないように気をつけるんだな。それじゃ、な」
手を振りながら部屋を出ていく青年の後ろ姿を見送ってから、アンジェリークははっと気がついた。
『いけない! 名前聞くの忘れちゃった。もう会わないかもしれないけど、やっぱり一応礼儀として聞いておくべきよね。まだ、間に合うかしら?』
慌ててベットから降り、彼の後を追いかけようとドアノブに手をかけたた途端、不意に扉が外から開かれ、アンジェリークはドアノブごと外に引っ張りだされてしまった。
「きゃっっ!!! ……ど、どうしたの!?」
そこには件の青年が立っていた。転がり出てきた少女に、何やってるんだと呆れた視線を注ぎながら。
青年は少女を助け起こすと、頭を掻きながらため息交じりに自分自身に怒鳴りつけた。
「あーっっ、やっぱ気になるっ!! 気になる事を解決しないと先に進めない性分なんだよなぁ、俺はっ!」
「え? な、なに?」
目をぱちくりさせるアンジェリ-クの顔を覗き込んで、意を決したように青年は続けた。
「なぁ、俺を雇わないか? これでも結構役に立つぜ」
「はぁ? あ、あなたを雇うって……ど、どうして?」
「俺はあんたと仲間達の手助けをする。そうすれば、今は言えないあんた達の旅の目的もわかって、俺の好奇心も満足する。お互いの利害が一致するだろ?」
自慢げにそう嘯く青年に、アンジェリークは二の句が告げなくなる。しばらくしてようやくぽつりと常識的な答えを返した。
「……でもあなたを雇える程、お金を持っていないわ、私達」
「三度の食事と酒がありゃ十分さ。ほら、安いもんだろ?」
『こ、この人、何? どういうつもりなの?』
青年の即答に、アンジェリークはますますパニックを起こしてしまった。しかし当の本人はどうやら本気で言っているらしい。
青年は、妙に子供っぽい表情をみせてこちらの出方を伺っている。アンジェリークはその笑顔をぼうっと見つめ返し、ついにつられて思わず笑いだしてしまった。
「なんだよ? おかしな事言ってるか? あんたの不利にはならない取引だと思うぜ」
「そ、そうだけど…………本当に本気なの?」
「誰がこんな酔狂な冗談言うもんか。で、どうなんだよ? 俺を雇うのか雇わねぇのかどっちなんだ?」
「……くすっ。いいわ、わかった。あなたを雇うことにする。三度の食事付きでね。私はアンジェリークよ、これからよろしくね。……ええと?」
「アリオスだ。よろしく頼むぜ、アンジェリーク」
アリオスはにやりと笑うと、初仕事とばかりにアンジェリークを促して、階段への道をすっと空けた。