「……こんな事、私に言える訳がないじゃないですか!……オスカーは言えるんですね……尊敬してしまいます」
湖に釣り糸を垂れ、釣り竿を固定させてしまうと、私は途端に手持ちぶさたになってしまいました。そこで先ほど渡された小さなノートをぱらぱらとめくってみる事にしました。
「お嬢ちゃんの瞳に映る星の煌めきの美しさも、それを映す君にはかなわない」だの「俺の魂は君という呪縛から逃れる事はできない。それは未来永劫だぜ」だの考えただけで顔が火照るような台詞がそこには延々と書き記されていました。しかも丁寧にシュチュエーションごとに見出しがついて分類されているんです。
オスカー、あなたは意外にマメな人だったんですねぇ。
でも最後のページにひと言、取り残されたように書かれた言葉に、私は引き寄せられてしまいました。
『どんな美辞麗句を並べたところで、そこに本当の気持がこもっていなきゃただの雑音でしかない。最後は心。素直な本当の思いがあれば、少々下手な文句でも宝石以上の輝きで相手を掴まえることが出来るはずだ』
「……そうですよね。私みたいな者の思いも、真実ならば必ず伝わりますよね?」
ノートから顔を上げて青い空を見上げ、私は……あなたの笑顔をその空に思い描きました。
「ルヴァ様。こんにちはっ!」
「ああ、マルセルじゃないですか。どうしたんです、こんなところで?」
マルセルはにこにこと手を後ろに廻したままで、私の方へ歩み寄ってきました。おや、何か後ろに隠しているような……
「ふふっ、実はルヴァ様をお待ちしていたんです。はい、これどうぞっ!」
そういうとマルセルは、後ろに隠していた物を私に押し付けるように差し出しました。
「花束、ですか?」
目を白黒させる私を見て、マルセルは笑顔を引っ込めると呆れたように言いました。
「あ、もしかして忘れてるんですか、ルヴァ様? ご自分の誕生日!」
「あ!?」
マルセルにそう言われて、やっと今朝からのみんなの不可解な行動が納得できましたよ。みんな、私の誕生日を祝ってくれていたんですね。
「そうだったんですね。……ありがとう、マルセル。ふふっ、おかしなものですねぇ。本人はすっかり忘れていたというのにみんなの方が覚えていてくれるなんてね。本当に嬉しいですよ」
景色が微かにぼやけてきたように思えて、私は再び空を見上げました。青い空がとても美しいと思いました。
「ルヴァ様?」
「え、ああ。なんでもありませんよ。ちょっとね、感傷に浸っていただけです。ところでこのお花はなんという名前なんですか?」
「こっちの大きな白い花は、ガーディニア。いい香りがするでしょう? で、この淡いブルーの花は、ブルースターっていうんです。小さくって可愛いお花でしょう?」
「そうですね。柔らかい青い色がとても可愛らしいですね」
自分でそう言ってから、はっとクラヴィスの言葉を思いだしました。
“ラッキーカラーはブルー”
青い空、青い星のように煌めくブルースター。
「……本当にあなたの占いはあたりますねぇ、クラヴィス」
「ルヴァ様、このお花の花言葉を知ってますか?」
「いいえ?」
マルセルはにっこりと笑うと、私の耳元に唇を寄せこっそりと教えてくれました。
「……なんです。ふふっ。ピッタリでしょ?」
「……あ、あの。そ、それはいったいどういう意味で私に……」
私が理解出来ずに訊ね返すと、マルセルはいたずらっぽく笑って茂みの方へ声をかけました。
「もういいよ、ゼフェル。出てきても」
「ったく、待ちくたびれたぜ」
がさがさと茂みが動いたかと思うと、ゼフェルが誰かの手を引いてこちらに近づいてきました。その手を引かれた人を見て、私は花束を腕に抱えたまま立ち上がりました。
「ゼフェル。ア、アンジェリーク!……ど、どうしたんですか!?」
おろおろする私をちらりとみると、ゼフェルはニヤッといたずらっぽく笑いアンジェリークの手を放しました、そして彼女の背中に廻るとこう叫びました。
「オレからのプレゼントだぜっ!ちゃーんと受け取れよ、ルヴァっ!」
「きゃっ!!」
「あ、危ないっ!」
ゼフェルは彼女の背中をぽんと押したのです。彼女がよろめいたのを見て、私は慌てて駆け寄りました。
ぽふん、と私の腕の中にアンジェリークはすっぽりと収まってしまいました。ふわっと揺れる彼女の金色の髪から優しい香りが漂ってきて、私は心臓が口から飛びだしそうになってしまいました。
そんな私に彼女を支える力などあるはずもなく、予想していた通り彼女を抱いたままひっくり返ってしまいました。
「ル、ルヴァ様。ごめんなさい、大丈夫ですか? きゃあ、お花がつぶれちゃうっ!」
「だらしねーな、おっさん。女一人支えることも出来ねーのかよ」
「ゼフェルったら、もーう! 大丈夫ですか、ルヴァ様、アンジェ?」
「はは、だ、大丈夫ですよ。……ホントにだらしないですねぇ、私は」
照れ隠しに引きつった笑いを浮かべる私を見て、ゼフェルは少し安心したんでしょう。先程と同じ微笑みを浮かべると、マルセルの腕を掴みくるりと私達に背を向けました。
「じゃーな。オレらはここで退散するぜ。しっかりやれよ、ルヴァ」
「あ、ぼくも帰りますね。また後でね、アンジェ」
「ち、ちょっとふたりともっ!」
焦る私と、事態が飲み込めていないのかきょとんと座り込むアンジェリークを残して、二人はさっさと歩いていってしまいました。