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アディルの怪我はルヴァの見立て通り、思ったほど深くはなかった。ただ一連の事件の後で神経が張りつめている王宮の連中の所為でアディルは自室へと閉じこめられ、婚約者のシルマ以外は面会謝絶との事だった。
「――そなたがティシュトリアか」
「はい」
ティールはすっと顔を上げる。父王ケレトの妃。尊敬し敬愛する兄アディルの母親。
初めて見たその女性は、ややきつい目をしていたが、その表情は穏やかだった。
「我が子アディルの窮地を救ってくれた事、この母からも礼をいいます。これからは王弟として、国王陛下を側で支えてもらいたいが……了承してくれるか?」
リディア妃は少年の顔を覗き込んだ。
亡き夫が唯一愛した女性の息子。何度か見かけたその女性の面影を、この少年はしっかりと持っていた。
この顔をこれからずっと見るのが辛くないはずはない。
それでもリディアはティールに、アディルの側にいて欲しいと純粋に思っていた。我が子を守り、支えて欲しいと思った。
「お言葉はありがたいんですけど、辞退します」
「……なぜじゃ? わたくしが気にいらぬか?」
「いいえ。皇太后さまも、兄上……いえ国王陛下も皇后さまもおれは大好きです。でも、おれはティールですから。“砂漠の民”のティールに王宮は似合いません」
「ティシュトリア……」
リディアが思わず声を上擦らせると、ティールは軽快に立ち上がり、にこりと笑って出口を指差した。
「もう帰ってもいいですか? 今日は友達が主星に帰るので、見送らなくちゃならないんです。あ、兄上には面会謝絶が解けたら見舞いに行くって伝えて下さい。……来ても、いいですよね?」
「もちろんじゃ。ここはそなたの第二の家とも思って気軽に遊びに来るがよい。アディルとシルマも待って居ようほどに」
「はい、ありがとうございます!」
元気な声を残してティールは謁見の間を後にする。その後ろ姿にリディア皇太后は微かに笑みを浮かべた。
「快活で明るくて……母親によく似ておる。王家の者は……みな、ああいう者に惹かれるらしい」
「……儂はあの子を止められなかったのです。あの子を我が子とも思い大切に育てたつもりだったが、悲しいかなあの子には伝わらなかった。ただ王家の、いや始祖の怨念に取り憑かれた一番の犠牲者は、あの子だったのだという事だけは忘れないでいたい。誰が忘れても儂は覚えています。それが儂に出来る……精一杯の供養です」
そう言うとはっと顔を上げ、ギーブ=クマルヴィは再び頭を垂れた。
「お許し下さい、陛下。いかに哀れとはいえ、あれのした事は王家への反逆行為。許されることではありません。我が子の罪はこの儂の罪。このような老体では何が出来るかわかりませんが、いかような処分も慎んでお受けします」
頭を擦り付けるように床にぬかづく老宰相の手を、シルマはそっと取りにこりと微笑みかけた。
「陛下は何のおとがめも考えてはおられません。フェルカド親衛隊長のした事はあくまで彼個人が企て実行した事。宰相殿には引き続き政務において陛下をお助け頂きたい、との仰せです」
「シルマ殿……」
「シルマの言った通りです、ギーブ=クマルヴィ。私はまだ未熟者だ。あなたのような方が側で助けてくれるとありがたい。できればあなたが死ぬまで。……まぁ、罰といえばそれ位かな?」
アディルはベットの上から柔らかく微笑んで、老宰相を見つめた。
「……陛下。慎んでお受け致します。このギーブ、粉骨砕身この命を削ってでも陛下に誠心誠意お仕えいたします」
「はは、あまり張りきって寿命を縮められたらかなわない。せめて私の子供を抱くまでは長生きしてもらわなくては」
アディルが何の気なしにそう言ってシルマを見ると、彼女は真っ赤になって俯いていた。