? Guys and Dolls

蒼天幻想

第七章(10)

ティールは不思議な感情に驚いていた。フェルカドと剣を合わせ、火花が激しく散る。すんでのところで彼の剣先をかわし、ジャウンを突き入れるとこれもかわされる。

自分の大切な兄を傷つけたフェルカドに対して激しい怒りがあった。だがそれと拮抗してむくむくと沸き上がる不可思議な感情。

「楽しい……他者と命のやり取りをするのはわくわくする。……もっと見てみたい。こいつのいや、こいつのでなくともいい。肉が裂け、赤い血が辺りに飛び散る様を、もっともっと見てみたい…。いっそ全てを壊せたら、どんなにか楽しいのだろう……」

ジャウンに着いたマタルが、そんなティールの感情に呼応するかのようにゆっくりと色を変化させる。

深赤色――血のように赤い色にだんだんと変わってゆく。

それを見たフェルカドはにやりと笑うと、ティールの腕を掴んでぐいっと引き寄せ、その耳元にささやいた。

「……そうだ、お前は私と同じだ。我らこそが始祖より正当な血を引く者であるにもかかわらず、愚劣な王家の奴等に蔑ろにされ、闇に葬られようとしている哀れな存在。ティシュトリア、我らの力を合わせれば、もうなにも怖いものはない。私がお前の兄とも父ともなってやろう。私はアディルとは違う。王家など関係ない、お前自身が必要なのだ」

「……おれが?」

ティールは呆然と呟いた。

……兄に言って欲しかった言葉。王家だのこの星だの関係ない。自分自身を一人の人間として必要だと言って欲しかった。

「あ、にうえ……」

ティールはふっと目を閉じた。ジャウンは根元から段々と血の色に染まってゆく。

「おれは……アクハトの末裔。勇敢で勇ましくて……」

「そうだ。だからお前を愛さない者、お前を裏切った者、お前の思いを受け入れない者をすべて許すな。そのジャウンに奴等の血をおもいきり吸わせてやれ。……お前にはその力がある」

「騙されるな、ティール! そいつが必要としてるのはおまえじゃねぇ! おまえの持ってるその力だっ!」

遠くからゼフェルの声が聞える。ティールはゆっくりと眼を開け虚空を見つめた。

「……ゼフェル」

「そうだよ、そいつは君の心の隙間につけ入ろうとしてるだけだ!」

ティールはぼうっとした頭でゼフェルとランディを振り返った。ティールの幻の中でランディとゼフェルは斬り殺されていた。足元に転がる二人の少年。それを見つめる血に染まった手をした自分。

「……おれが、やったの?」

「そうだ。こいつらはお前を裏切った。お前だけを残して逃げ出したんだ。お前にはこいつらを裁く資格がある」

「……ち、がう」

「お前は正しい。だが幻の奴等はまだ生きている。お前の前で図々しく呼吸をしている。……殺してしまえ……幻も何もかも全て消してしまえ。お前だって見たいのだろう? 飛び散り、鮮やかに辺りを染める赤い血潮を……」

「ティール! しっかりしろっ! オレは……オレは殺されたってかまわねー!! お前がオレを切って正気にかえるなら、喜んで切られてやるっ!」

「ゼフェル、馬鹿なこというなっ! ティール、俺はゼフェルとマルセルを守るって決めたんだ。もちろん君も守りたい! だから……ゼフェルを切るなら、俺が代わりになる。俺を切ってくれ、ティール!」

「とんだ愚か者どもだ。……ティシュトリア、何を躊躇う? 裏切り者の癖に奴等は切ってくれと懇願しているぞ? お前に慈悲を乞うているぞ」

「ち、がう……ゼフェルも、ランディも……裏切ったりしない。……そうだ、おれのほうこそ」

ティールは俯いたままジャウンを下向きに握り直した。そして両手を勢いをつけて頭の上までかざすと、そのまま振り下ろし後ろに立ったフェルカドの身体に一気に差し入れながら叫んだ。

「愚か者は……このおれだーっ!!」

 

ゼフェルは倒れるフェルカドの側に立ち尽くすティールに近づき、声をかけようとして一瞬躊躇う。しかしランディはぽんとティールの肩に手をかけ、彼を驚かせた。

「……場の雰囲気を読めよな。ランディ野郎」

ゼフェルがぼそっと毒づいたが、どうやら聞えなかったらしい。

「さ、行こう、ティール。この奥が祭壇の間なんだろう?」

「……行かない。もう、アクハトの弓は必要ないから」

そう言うとティールはにこりといつもの無邪気な笑顔を取り戻し、ランディに微笑みかけた。

「だって、フェルカドは倒したし、兄上は無事だったんだよね? だったらそんな物いらない。そんな物の為にまた誰かが泣かなくちゃいけないなら、そんなの永久になくしちゃえばいいんだ」

「泣く……って?」

「王妃様と兄上が泣いたし、シルマが泣いた。それに……こいつも泣いてた」

そう言ってティールは横たわるフェルカドを見下ろした。

「……おれ、どうしても憎みきれないんだ。兄上を傷つけたし、シルマを泣かせた嫌な奴だけど。だって、もしかしたら……おれがこうなってたかもしれないから」

「ティール」

そばに近づくゼフェルを見上げて、ティールはほんの少し大人びた微笑みを浮かべた。

「おれは一人でなんでも出来るって思ってた。……でも違ったんだ。じいちゃんや父上。兄上やシルマ。いろんな人に守られて、大切に想われておれはここまでこれたんだ。それにきみたちがいてくれなかったら、ここで横たわっていたのは、多分おれのほう。フェルカドにはみんなみたいな友達がいなかったんだ。たったひとりで、誰にも甘えられなくて……そう思うとさ、こいつも可哀相な奴だったんだなって」

しんみりしてしまったゼフェルとランディに気付いて、ティールは無理に笑うと二人の背中をバンと叩いた。

「なんだよ、ふたりとも! 第二皇子の窮地を救った英雄がそんな顔すんなよ」

「英雄?」

「そうだよ。言ったじゃんか、二人がいなければ、おれがここに倒れててただろうって!」

ティールの無邪気な笑顔につられて、ランディは照れ臭そうに笑った。

「……英雄かぁ。ちょっと照れ臭いけどいい響きだと思わないか、ゼフェル?」

「おもわねー」

「お前また、そういう言い方をっ!」

「はいはい、もうわかったから。早く帰ろうよ、みんなのところへさ」

ランディが身構え、ゼフェルが面倒くさそうにそっぽを向いたのを見て、もう慣れたのかティールは二人の背中を押しながら入り口へと向かっていった。

そして二人がぶつくさと言い合う後ろで広間の中央を振り返り、握りしめていたジャウンをぽんと放り投げた。

ジャウンの柄は、いつの間にか蒼い色を取り戻したマタルを埋め込んだままころころと転がってフェルカドの側で止まる。ティールはそれを黙って見つめやがてポツリと呟いた。

「さよなら……もうひとりのおれ」