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“祭壇の間”はこの神殿の中にある。
それだけは確実だが、そこにたどり着くにはどうすればいいのか誰も知らない。
そこでルヴァは提案した。一番確実で一番原始的な方法を。これだけ人数がいるのだから、端から端までしらみつぶしに探すしかないと。
「何か見つかった、ゼフェル?」
「何にも。あーっ、四つんばいになってっから腰が痛てーぜ」
うーんと伸びをするゼフェルの隣で、ティールがじっとゼフェルを覗き込んだ。
「なんだよ?」
「…ゼフェル、変わらないんだね。おれが王族だってわかっても」
「は?」
「…みんな変わるんだ。それまでは気さくに話しかけてくれてたのに、おれが王様の子供だってわかった途端、話し方も態度も。そしておれから離れてっちゃうんだ、いつも」
「……」
「おれはちっとも変わらないのに、周りはみんな変わっちゃう。それがすごく悲しかった。でもゼフェルやマルセルは変わらない。おれをおれだって見てくれてる」
「……おまえだって変わらねーじゃんか。オレ達が守護聖だってわかっても」
「特別扱いされる悔しさを知ってるから、かな? それとも変えたほうがいい? ゼフェル様ってお呼びしましょうか?」
「ばーか」
ゼフェルとティールは顔を見合わせくすくすと笑った。
「なに? 二人とも何か見つかったの?」
マルセルが目を輝かせて走り寄り、二人の顔を交互に眺めた。
「ねー、どうしたの、二人とも?笑ってたらわからないよ」
「なんでもねーよ」
「そ、気にしなくていいって。あっち探してみようよ、マルセル」
「……う、うん」
納得のいかなそうな顔をしたマルセルの腕を引っ張り、ティールは反対側の壁へ走り出した。ゼフェルに向かって軽く片手をあげながら。
「ジャバル、ここに書いてあるのはこの星の文字なのか?」
ヴィクトールは壁の一部をうっすらと覆うカビだか埃だかを払いながら、ジャバルを手招きする。
「……はい、ちょっと昔の文節ですね、あ、これなら読めますよ、ヴィクトールさん。おそらく書いた人のサインで……えっと、アルグール……レヴィ=ルーケン……かな?」
ジャバルの声は決して大きくはなかったが、神殿のような建物の中ではよく反響し、辺りに厳かに響いた。」
その人名を聞いた途端、崩れた女神像の首を拾い上げ元に戻そうとしていたルヴァの動きが止まる。その手から女神の頭像は零れ落ち、今度は修復不可能なほど粉々に壊れて辺りに飛び散った。
「ル、ルヴァ様。どうしたんですか?」
隣でしゃがんで祭壇の下を覗き込んでいたランディが、飛び散る破片に驚いて身を引いた。」
しかしその声はルヴァには聞こえなかったらしい。ふらりと前に足を踏みだすと、ルヴァはゆっくりとヴィクトールとジャバルの立ち尽くす壁の前に歩み寄った。
「どこに書いてあるんですか?」
「ここです。少し埃に埋もれていましたが、しっかりと掘り込んであります」
ルヴァは少し顔を上げてその文字をジッと見つめ、微かに微笑んだ。
「……わからなかったはずですね。子供には少し高すぎますから」
「これ書いた奴、知ってんのか、ルヴァ?」
黙って歩み寄る一同を代表して、ゼフェルがそっと問いかけた。ルヴァはいつもと同じ、少し困ったように笑うと、ゆっくりと答えた。あたかもひと言ひと言を噛みしめるように。
「ええ、よく知っていますよ。アルグールレヴィ=ルーケン……私の父、ですから」
“我が息子へ
おまえがこれを読んでいるという事は私はもうこの世にはいないのだろう。
この地を去ったおまえは十五。この高さの文字はまだ読めなかったはずだが、いまのおまえは、この文字を自分の目で読んでいるのだろうか。
聖地での役目は終えたのだろうか。それとも任務の途中で偶然立ち寄っただけだろうか。
どちらにしても、おまえがこの文を見つける確率は皆無に等しい。それがわかっていても私はこうしておまえへの言葉を連ねている。
人とは不思議なものだ。側にあって触れ合うことが出来た時は気にも留めなかったのに、二度と会えないとわかると途端に込み上げてくる何かに捕らわれる。
私はそれを認めたくなかった。だからあえておまえを見送らなかった。放蕩な父親の涙で、おまえの門出を穢したくなかったからだ。
偏屈で遺跡にしか興味のない頑固親父のままでいたかったからだ。なのに何故、私はこんな事を遺跡に掘り込んでいるのだろう。
家族よりも何よりも大切に思っていたはずの遺跡を自ら傷つけている。
……読んでもらえるはずのない、息子への書き置きなどで。”
文章はそこで一旦途切れていた。ルヴァは黙って彫り込まれた文字を指でなぞってみた。
子供の頃は届かなかった高さに今は触れることが出来る。それがひどく寂しく感じられた。
父は……決して冷たい人間などではなかった。
誰よりも優しく、子供の事を思いやり、淋しがり屋で、孤独でそのくせそれを人に素直に伝えることが出来なかった不器用な父。
自分とよく似ている……いや、自分が父に似ているのだ。
ルヴァはやっとそれを素直に認めることが出来た気がする。父の残した言葉を噛みしめる事で、目にすることが出来たおかげで。
自分を呼んでいたのは……呼ばれた気がしたのは、この遺跡に記された過去の記憶だったのかもしれない。