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石畳の道を奥に進むと、神殿がどんどん迫ってくる。それは遠目で見た時よりも遥かに大きく見える。
「あ、みなさん。こちらですよ」
ジャバルと共に先行していたヴィクトールが、神殿の大きな扉の前で手を振っていた。
こうして一行はやっと全員集合したのである。
「王族は代々この神殿に葬られます。ですからこの場所は総称して“王家の谷”と呼ばれるんです。そしてその最深部には“アクハトの弓”が眠っています。過去に何人か盗みに入ったようですが、たどり着いた者はいません。途中には幾つか仕掛けがあるようですし、行き着く為には、この“イナンナの泪”が鍵として必要なのだそうです」
「だそうです、って事は皇太子さんも詳しい道順を知らないって事か」
「はい。そう聞かされただけで私は行った事がありませんから」
「じゃ、当然一般人のジャバルも……」
「申し訳ないです。俺も伝説しか知らないんですよ」
「……力強いお答え、ありがとうよ」
オスカーがやれやれと頭を掻く隣に近づき、ゼフェルが自信満々に答えた。
「心配すんなよ、おっさん。ちゃーんといるじゃねぇか、歩く生き字引がよ」
ゼフェルの自慢気な声を聞いて、オリヴィエとマルセル、チャーリーはぽんと手を叩いた。
「あ、そっか! いたんだよね、この星の人が他にも」
「そうやー! 大事なお人を忘れとったわ」
みんなの視線が一斉に向けられ、ルヴァはきょとんとした次の瞬間、えー!?と大声を出した。
「わ、私ですかぁ!?」
「そーだよ、ルヴァ。アンタしかいないでしょうが」
「他に誰がいるってんだよ、知恵の守護聖さまよー」
「しかしですねぇ。私がここに来たのは、父に連れられてだから十年も前のことですよ? 記憶なんてあやふやですよ~」
「あんたの中では十年前でもなー、この星から見りゃ何百年も前だぜ? でも来た事あんだろ? だったら問題ないじゃねーか。それにここにはあんたの過去もあるって言うしなぁ」
「ゼ、ゼフェルっ! それは言わない約束でしょうっ!」
ルヴァは慌ててゼフェルの口を押さえたがもう遅かった。じたばたと暴れるゼフェルを押さえたままのルヴァに、満面の笑みを浮かべたオリヴィエがずいっとにじり寄った。
「なーんか今、聞き捨てならない事聞えたんだけど。ルヴァ、あんたの過去がどうしたっての?」
「え、い、いいえ。あ、あのですねぇ」
「んふふふ~ん。隠し事は身体に良くないよ。ぜーんぶ吐き出しちゃったら楽になるから、言っちゃいな」
「あ、後で話しますよ~。今は、ね、ほら先に進まなきゃいけませんから」
ごまかし笑いを浮かべると、ルヴァはつかつかと扉に近づき深呼吸をした。そして神殿の扉を開けようとするが、なかなかうまくいかない。
うんうんと悪戦苦闘し、見かねたオスカーやヴィクトールが手を貸すと、扉はきしんだ音を立ててゆっくりと開いた。
ルヴァはますます慌てたが、自分を落ち着けるようにコホン、とひとつ咳払いをして一行を振り返った。
「さ、行きましょうか、みなさん」
神殿の中は静寂が支配していた。天井が高く、吹き抜けのようになっている。
外から見た通り、石造りのがっちりした建物なので中はひどく薄暗かった。だが目が慣れてくると、正面に祭壇があるのがわかる。そこに祭られた女神像(おそらくイナンナの像)は、首がもげ床に落ちて砕けていた。
他にも幾つかの石像があるが、どれも表面がボロボロになったり、崩れたりしており、長い歳月を経た建物だということがいやでもわかる。
しかしどこか神々しい気配が辺り一面に漂っているのがその場にいる全員に伝わったのか、誰も声を立てようとはせず、ただただ黙って辺りを見回していた。
やがてアディルが祭壇の右隣の扉を指差した。
「この扉の奥に進むと王族の墓があります。でも途中に分岐点などない一本道ですから、アクハトの弓の在処に行く道は多分ここではないんでしょう」
オスカーはふと浮かんだ疑問をルヴァとアディルにぶつけた。
「ちょっと待ってくれ。アクハトの弓ってのは祭壇の間にあるんじゃないのか? ここには朽ち果てたとはいえ祭壇があるし、女神が祭られているようだぜ。ここが問題の場所じゃないのか?」
「ここはね、調査隊が調べたところ、どうやら一般の人々の為の“祭壇の間”なんですよ。王族はいわば神ですから、どこか他の場所で祈りを捧げていたらしいんです」
「王家にはその“真の祭壇の間”への行き方が書かれた地図とか残っていないのか?」
「私の知る限りではそういった文献は残っていないんです。おかしな事ですが」
アディルも不思議そうに顎に手を当て考え込んだ。
王家の宝がある場所の地図が、肝心の王家に残っていないというのは何ともおかしな話である。
書き記すと後の世の不心得者が盗み出さないとも限らないとでも危惧したのだろうか。だとしたら他の方法で残さねば、すべては闇の中に埋もれてしまう。
口伝では確かに神話として残っているが、ただそういった武器があって祭壇の間に祭られているとしか伝えられていない。
その祭壇の間がどこにあるのか、アクハトの弓を手に入れると本当に世界を支配できるのか、それすらも伝説の域を出ないのである。
「そんな不確かな情報でしかないってのに、フェルカドとか言う奴は反乱を起したっていうのか?」
「いえ、彼はそんな愚か者ではありません。冷静すぎるほど冷静に作戦を練り実行する人物です。こんな大それたことを行き当たりばったりで企てたりしません」
シルマはすっと前に出ると、やや抗議するような口調で反論した。
オスカーは一瞬驚いたが、すぐに自分のペースを取り戻して、シルマにふっと笑いかける。
「随分彼について詳しいんだな、お嬢さん。彼と面識が?」
「はい。私は代々王家に仕えるリッセン家の娘。宰相であるクマルヴィ家とも付き合いがありますし、フェルカド親衛隊長は私の上官でもあるのです」
「シルマって軍人さんだったの?」
マルセルが驚いて目を丸くする。そんな少年に、シルマは漆黒の瞳を細めて優しく微笑みかけた。
「以前はね。今はここにアディルと共にいるから、多分除隊処分にされているよ。いや、もしかしたら賞金首かもしれない」
「じゃ、もしかして俺達も……?」
ランディがさっと顔色を変えた。そんな彼を見て、ゼフェルは呆れたように呟いた。
「ばっかか、おめー。今頃気がついたのかよ。おめーなんかアディルと一緒にいるとこ、バッチリ見られてんだろ? 今頃似顔絵描かれて配られてるぜ」