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一番最後に降りたはずのアディルが、いつの間にかゼフェルとマルセルの近くの岩に足をかけていた。おっかなびっくり下を見ているマルセルの手を取り、自分の二の腕に掴まらせる。
「ほら、その三つ目の出っ張り。……そう、そこに足をかけて体重を移動させてごらん」
アディルは的確に二人の少年を導き、気がつくと谷底はすぐ目の前だった。
ゼフェルは地面からあと2~3メートルという高さまで来ると、崖のくぼみから思いきってジャンプした。
足の裏に安定した地面を感じてようやくほっとする。谷底は思ったほど暗くはなく、上を見上げると太陽が少し高くなったのか、天井の割れ目から僅かに姿を覗かせている。
少し遅れてマルセルも地面に足を降ろした。さらさらとした砂をぎゅっと踏みしめると、微かに音を立てる。
「――思ったほど、暗くないんだ」
マルセルがゼフェルの隣で手を翳して上を見上げると、上空から飛行艇が降りてきた。
思わず顔を伏せて眼を瞑ると、谷底の砂を巻き上げて飛行艇はゼフェルの前で僅かに機体を浮かせて停止する。
シルマが少年達の脇に立っているアディルに駆け寄るのと同じ速さでルヴァはびゅんとゼフェルとマルセルの元に駆けてきた。
「だ、大丈夫でしたか? 途中でマルセルが大騒ぎしているのがちらっと見えたので、もう心配で心配で……怪我はありませんか?」
「ハイ、ぼくは全然平気です」
ゼフェルは今見たルヴァの俊敏な行動が解せないというか、胡散臭そうにルヴァを見つめた。
「ルヴァ、おめーいったい……」
「ゼフェル、あなたもしかしてどこか痛くしたんですか? どれ見せてみなさい。あーっ、ここ擦り剥けてるじゃないですかぁ!」
ルヴァはきょとんとするゼフェルの腕を取り、捻り上げるようにして肘の内側を指差した。
「ってーっ! は、離せっ!」
「駄目ですよ、痛いんでしょう? すぐに消毒しなくてはっ!」
「ちっがう! おめーがオレの腕、捻り上げてんだよーっっ!」
大騒ぎがひとしきり済んで、彼らはまとまって歩き出した。
そんな時、オリヴィエがはたと思いついてルヴァの側に近寄り、そっと囁いた。
「もう済んじゃった事だから今更なんだけど、この子達がわざわざ歩いて降りなくても、飛行艇で二往復すりゃ済んだんじゃないかと思ったんだけどさ」
ルヴァはぴたりと歩みを止め、ぽんと自分の手を叩いた後、オリヴィエを振り返った。
「そ、そうですよねぇ。何でそんな簡単なこと気がつかなかったんでしょう。もー、あなたも人が悪いですねぇ、オリヴィエ。最初からそういって下さればよかったのに」
「アンタって、時々頭悪いよね。だから今更だって言ったじゃない」
「だったら言うなよ」
「おや、ゼフェルったら聞いてたの? まあいいじゃない、こうしてみんな無事だったんだし」
「まぁ、それもそうですね。終わりよければ総て良しですよねぇ」
「よかねーよっ!」
マルセルはぼーっと歩いていた。前を行くシルマとアディルを虚ろな目で追いかけながら。
「どうしたんだよ、マルセル。ぼーっとしてると転んじゃうぞ」
ランディが駆け寄り、ぽんとマルセルの肩を叩いてにこりと笑う。
「……うん」
「ほら、前。こういう薄い砂地には意外と小石とか出っ張りが多いから、気をつけた方がいいぞ」
ティールもマルセルの顔を覗き込み、手を彼の前でひらひらと振ってみせた。
「大丈夫かぁ? マルセル?」
「……いいなぁ、ティールは」
「へ? 急にどうしたんだよ」
「あんな素敵なお兄さんがいるんだもん」
マルセルははーっと軽くため息をついて、ティールにちらりと視線を送った。
「ぼくにもお兄ちゃんがいるけど、もうずーっと会ってないんだ。多分もう会えないと思う。だからティールが羨ましいよ。あんな風に優しくて、頼りになって、頭が良くて……とっても素敵なお兄さんがいるんだもん」
え、と一瞬動きが止まったが、すぐに照れた赤い顔をしてティールは嬉しそうに満面に笑みを浮かべた。
「うん、兄上は最高だよ! おれ、兄上の為なら何だって出来る。だって大好きだもん!」
マルセルは、ティールの無邪気な笑顔に寂しげな微笑みを返した。
「……いいなぁ、兄弟って。ぼくもお兄ちゃんが欲しいなぁ」
「マルセル、俺がお兄ちゃんになってやるって前から言ってるだろう? 遠慮しなくていいんだぞ?」
ランディが、いささか不満そうに声をかけた。マルセルはじっとランディの顔を見ていたかと思うとふっと視線をそらし、再びため息をついてとぼとぼと歩き出す。
「ぼくもお兄ちゃんが欲しいなぁ。崖を一人でさっさと降りちゃったりしない、優しいお兄ちゃんがいいなぁ」
マルセルの呟きと共に、ランディの頭の中にざーっと雨が降りだした。