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ここまで話すとアディルは深いため息をついた。そしていつの間にか目の前に置かれたお茶をルヴァに軽く一礼して口に運ぶ。
「じゃあなにか? フェルカドと皇太子様は」
「はい。世間一般でいえば、叔父甥の関係ですね」
「なら彼が自分の正当性を主張するのも、納得できる話だねぇ」
「……知らなかった」
俯くティールの肩に優しく手を置くと、アディルは弟に囁きかけた。
「おまえにこの話をしなかったのは、思いださせたくなかったからなんだ。……おまえの母親のことを」
「……もう覚えてない。母さんがどんな顔をしていたかも……知らない」
ティールが俯いたまま呟く。その彼をじっと見ていたゼフェルは、皆が聴きたくても聴けなかった事を思いきって口にしてみる。
「気を悪くしたらなんだけど、聴かねーのもこっちの気分が悪いから思いきって言うぜ? 皇太子さんさ、ティールと兄弟ってホントか? だとしたら第2皇子のティールがなんであんなガラクタ小屋でじーさんと2人で暮らしてんだよ?」
「ゼフェルっ!」
お茶を配り終わってゼフェルの隣に腰掛けたマルセルは凄い勢いでゼフェルの手を引っ張った。
「んだよっ! おまえはおかしいと思わねーのかよ?」
「そりゃあ……でも聴いていい事と悪いことがあるでしょ」
「いいんだ、マルセル。……普通はおかしいって思うから」
ティールは顔を上げて、マルセルに困った様な微笑みをかえした。
アディルは弟の肩に置いた手に力を込めると、そのひと言ひと言を確かめるように答える。
「ティールは間違いなく私の弟ですよ。マルドゥーク王位第二継承者、ティシュトリアラース=アッシャムラーア。それが彼の本当の名前です」
ティールの母はナーディアといい、テュフォンラースの一人娘だった。
コシャルハシスであるテュフォンは、砂漠の民でありながら王宮に足繁く出入りしており、ナーディアも彼の後をついて、幼い頃から王宮を走り回っていた。
五歳年上のケレト皇太子は王家の習わしどうり東宮で生活しており、両親との触れ合いは行事の時だけ。同じ年頃の子供も側にはおらず、寂しい毎日を送っていた。
そんな彼が、好奇心旺盛に東宮の窓から覗き込むナーディアと仲よくなるのは当然の流れだった。ケレト国王とナーディアはいわば幼なじみ、だったのである。
快活なナーディアと穏やかなケレトが、お互いを幼なじみ以上だと認識したのは、ナーディア十七歳、ケレト二十二歳。奇しくもケレトの結婚式前日だった。
王族として、しかるべき血筋の娘を正妃に迎えねばならない事はわかっていた。どんなに望んでもナーディアを王妃にする事はできない。
「私はあなたと一緒にいられれば、それだけで幸せよ……」
そう言って、ナーディアは優しく笑った。
そんな彼女を妾として王宮に置くこともケレトには忍びないことに思われた。
ナーディアの家を訪れるために夜中にこっそり抜け出す時、明かりがついたままの王妃の部屋を視線の隅に捕らえる度、ケレトは王妃リディアの気の強い瞳を思い浮かべた。
思えばリディアも可哀想な女性だ。王家の傍流の姫であったが為に王妃とされ、皇太子を産んだにも関わらず、その夫は別の女性に心を奪われている。
気が強いがゆえに誰にも泣き言を言えず、一人で苦しんでいるのかもしれない。哀れだと思うし、できるだけ優しくしてやりたいとも思う。
だが一人の女性として愛することは出来なかった。王妃として尊敬し敬愛しているが、自分が本当に必要としているのは、女性として愛しているのは、ナーディアただ一人だった。
やがてナーディアは、一人の男の子を産み落とした。
その子のぱっちりと見開かれた瞳の色を見た途端、ケレトは自分のした事と王家の呪われた血のなせる技に驚愕した。
ティシュトリア、と名付けられたその赤ん坊の瞳は深蒼色だった。始祖アクハトの第一子と同じ、正当な後継者の印である深蒼の瞳。
半分しか王家の血を引いていないはずのこの赤ん坊の瞳は、ケレトの罪を非難しているようにさえ見えた。
皇太子である当年四歳のアドアディールは、父親と同じ薄緑色の瞳をしている。もしこの赤ん坊を第二子として王宮に迎えれば、勢力争いすら起こしかねない。
ナーディアも赤ん坊の瞳の色に驚いて、しばらく黙って我が子の顔を見つめていたが、やがて決意したように顔を上げた。
「この子は私一人で育てます。この子は“コシャルハシス”テュフォンの孫。“砂漠の民”ナーディアの子、ティール。……強い子になるわ」