?
「彼の目的はわかっています。始祖より伝わった宝弓“アクハトの弓”を手に入れる事。そしてアクハトの弓がある“祭壇の間”に行くには、この“イナンナの泪”が必要なんです。伝説に記されたこの宝玉が……」
アディルは頭に巻いたターバンを留めている飾りに、そっと手を延ばすとそこに付いた蒼い玉を外し手の平に乗せた。
「どっかで見たことが……あっ!」
マルセルはぽんと手を叩くと、ティールの手を取って嬉しそうにはしゃぐ。
「ね、これジャウンについてたあの蒼い石と一緒だよね?」
「……あ、ほんとだ。マタルじゃん、これ」
アディルの手に乗せられた宝石の様に輝く蒼い石を覗き込んでティールは呟いた。だが彼のこの何気ないひと言は、その場にいたマルドゥーク人以外の全員を驚かせた。
「マ、マタルだって~っ! ちょっとルヴァっ! 聖地で見たのと全然違うじゃないっ!」
「マタルのはずあらへんてっ! だってあの石の結晶は……」
「虹色に輝いていたはずだ。だがこの石は……」
「蒼いじゃねーか。まるで……」
「涙、みたいでしょう?」
アディルは蒼いマタルを握りしめ、驚く一同を見渡して軽く微笑む。
「そうです。純粋なマタルの結晶は蒼いんです。大地が流した涙のように」
「“マタル”の語源はですねぇ。古い言葉で“雨”を意味するんですよ~。大地神となったイナンナが子供を思い流した涙は、この地を潤す貴重な水。すなわち雨ってことなんです。おやぁ、説明してませんでしたっけ?」
ルヴァがとぼけた口調でそう答えると、守護聖&その他2名は呆れたように同時に首を振った。
「最初から順をおって説明してくれないか? どうも俺は頭が悪くてな」
「へえ、自覚あったんだ、オスカー」
「……茶々を入れるな」
「あ、お茶入れてきましょうね。マルセル、手伝ってくれますかぁ?」
採掘場の宿舎兼事務所の建物にある応接間兼食堂に一同は集まり、テーブルを囲んで座った。
アディルの右隣にシルマは控えていたが、お茶を入れにいったルヴァとマルセルの後を追って厨房へと消えてゆく。
アディルの左隣にランディとティール、その隣でゼフェルがルヴァの行動に呆れて頬杖をついている。
長方形のテーブルを挟んでオスカーとオリヴィエ。そしてチャーリーとウェルナーが並んでいる。
ヴィクトールと若いマルドゥーク人(彼はジャバルと名乗った)は窓際に椅子を移動させ、外の気配を伺いながら話に参加することにした。
「本当はお話申し上げるべき事ではないと思うのです。身内の恥を晒す事にもなりますし。
しかしあなた方にはいろいろとご迷惑をおかけしましたし、何よりあなた方は守護聖であられるとの事、そして女王陛下よりのご使者でもあると伺っては、この星の代表者として陛下に誠意を示さねばなりません。ですが、これからお話する事はこの場限りに留めて頂きたいのです。……ティールもいいね? 他言無用だよ」
「じいちゃんにも?」
「老師はご存知だよ。何もかもね……」
弟に寂しそうに微笑みかけると、アディルはゆっくりと話し始めた。
「事の起こりは先々代の国王に遡ります。先代国王ケレトハシースの父王タレンソア、つまり私とティールの祖父にあたる人物の気まぐれな行動が引き鉄となりました。
それは王国聖誕祭の夜。王宮でも家臣諸侯が招かれ、盛大で賑やかな宴が開かれていました。
宮廷楽師の音楽とそれを綾取る踊り子の舞。人々の興奮は最高潮だったと思います。そんな中、国王の目は一人の踊り子に釘付けとなりました。
濃い緑色の緩くウェーブのかかった髪。灰色の潤んだ瞳と浅黒い肌。
その踊り子は“砂漠の民”と呼ばれる人々の中から選ばれた宮廷楽師の一人、ペーリンの娘エグウェーンでした。父親を頼ってオアシスから初めて王都にやって来た彼女は18歳。まさに華の盛りと言えるでしょう。
その清らかな乙女に、国王タレンは目をつけたのです。さっそく父親ペーリンに、娘を国王の妻妾とするよう命令が下されました。断ればせっかく就いた王宮専属楽士の地位を取り上げられるばかりか処罰を受けることにもなります。父親の苦悩を知ったエグウェーンは進んでこの申し出を受けました。
やがて彼女は身篭り、男の子を産みました。国王にはすでに皇后との間に皇太子があり、この子が後を継ぐという事はありませんでした。が、この庶子誕生を快く思わない人物がいたのです。
それが皇后メアラでした。彼女は若いエグウェーンとその子に激しい嫉妬心を抱き、国王を厳しく詰問しました。
もともと深い考えなどなく、彼女の美しさのみに惹かれて寵姫にと望んだ国王は、皇后の激しい嫉妬に閉口して、あろうことかエグウェーンとその子供の処断を皇后に一任したのです。皇后は彼女達を宮殿から追放しました。国王の心を惑わせた魔女であると無実の罪をきせて。
その後宮廷楽師ペーリンは王家の所業のむごさに絶望して自ら命を絶ちました。
エグウェーンは旅の途中で病死し、その子供は街をさまよっていたところを、国王からこっそりと命を受けていた宮廷親衛隊隊長ギーヴクマルヴィに保護されたのです。
しかし皇后の怒りは解けず、どうしても王家の子供であるとは認めさせませんでした。国王も皇太子はすでにいて、これ以上波風を立てるのも面倒だと判断したのでしょう。クマルヴィに宰相の地位と交換にその子供を引き取るよう命じました。宰相クマルヴィの長子フェルカド、として育てるようにと」