?
「じーちゃん! 大変だよっ!」
階段の最上段まで一気に駆け上がると、ティールは一呼吸置いて祖父に怒鳴った。
「やれやれ。騒がしいのう」
テュフォンは肩をすくめると、孫の上気した顔を見て呟いた。
「落ち着いてられないよっ! 反乱って……」
大声でまくし立て始めるティールを手で制し、テュフォンは扉の方に視線を向けた。
「……誰じゃ?」
老人の緊張した声に、その場の全員が一斉に扉に神経を集中させる。バタバタと足音が響いて、ゼフェルとマルセルが駆け上がってきた。その二人に駆け寄り、ルヴァは静かにするよう人さし指を自分の口にそっと当てる。
「私です、老師。開けてください……」
ティールはそのか細い声を聞くと、慌てて扉に駆け寄り勢いよく外に押し開ける。
そこには一人の人物がうずくまるように座り込んでいた。左手で押さえた
右の肩口から血が滲んでいるのが、ボロボロになった上着の上からもわかる。ティールがそっと近づくと、びくっと身体を震わせ握りしめたままの短剣をかまえて下から少年を睨み上げた。が、顔なじみの少年だとわかると、ほーっと長い息を吐き自分の混乱ぶりをあざ笑うように微かに唇の端を持ち上げる。
「……すまない、ティール。だらしないところを見せてしまったね」
「シルマ……」
シルマ、と呼ばれた人物は短剣をぽとりと落とすと、自分の頭に手をかけ聖布をさっと外し頭を軽く振った。長い黒髪が、闇夜に溶けるようにふわりと広がり肩に落ちる。
「女なのか!?」
オスカーは、さすが素早い反応を示し、椅子から腰を浮かせて僅かに身を乗り出した。そんな彼の反応など気にもとめず、シルマは手すりにもたれかかりながら立ち上がってティフォンをしっかりと見据えた。
「老師、お力をお貸し下さい。陛下が、ケレト国王陛下が賊徒の手にかかり弑逆されました。アドアディール皇太子殿下は、視察中だったこともありマタルの採掘場に身を隠しておられます。ティフォン=タンムーズ、なにとぞコシャルハシスのお力をもって、我らに賊徒を打ち負かすお力をお与え下さい……」
そこまで言うと、シルマは電池が切れたようにふっとその場に崩れ落ちた。
慌ててティールが支え、どうしようと焦ってきょろきょろしていると、オスカーがさっさと少年の腕から彼女の身体を引き継ぎ、長椅子に横たえる。
顔にかかった黒髪をそっと退けてやり、彼女の顔を見つめていると後ろから声を掛けられた。
「……その人、皇太子の婚約者だよ」
ティールのその言葉を聞いた途端、ゼフェルがオスカーを羽交い締めにし、マルセルは彼女の介抱を引き受ける。
「な、放せっ、ゼフェル! いきなり何をするっ!」
「野放しに出来るかっ! ごたごたはごめんだぜっ!」
「あ~、いいですか、オスカー。私達がここに来た目的はですね~。マルセル達を迎えに来たのであって、現地の人々とトラブルを起すためではないんですよ~?」
「ルヴァまで何を言うんだっ! 俺が信用できないっていうのかっ!」
「できるわけねーだろ! この女ったらしっ!」
「陛下が……お亡くなりになっただと!?」
うるさい客の騒ぎなど聞えないかのように老人は呟くと、力なく椅子に座り込んでしまう。ゼフェルは掴んでいた腕をオスカーから外すと、驚くテュフォンとルヴァを代わる代わる見て軽く額を押さえた。
「いったいどういうことだよ、ルヴァ?なんでティール達はしらねーんだ?」
「……おそらく情報操作しているのでしょう。国民には知らせず、頃合いを見計らって国王は崩御した。と発表するつもりなのでしょう」
「総てを片づけてから、な」
オスカーは、ちらりとテュフォンに視線を送りぶっきらぼうに答える。心なしか老人の顔が青ざめて見えた。
「皇太子がいるんだろう? 視察の途中で難を逃れたようだが、クーデターの首謀者にとってこれほど厄介な存在はない。何がなんでも見つけ出し始末をつけなければ、と焦ってる真っ最中だろうな」
オスカーの冷静な分析を黙って聞いていたティールは、きっと表情を引き締め歩き出した。老人はその孫の腕を軽く掴むと、こちらも真剣な表情で問いかけた。
「ティール、どこへ行く?」
「……採掘場に行ってくる。じっとなんかしてられない」
「おまえが危険を冒して、それであの方が喜ぶと思うか?」
ティールは祖父の顔を黙って見上げた。その蒼い瞳をしばらく見つめていたテュフォンは、やがて諦めたようにため息をつく。
「……やれやれ、頑固なとこはナーディアそっくりだ。行って来なさい。だが、忘れてはいかんぞ、ティール。決して無茶をせんようにな。こんな事のためにジャウンを渡したのではないんじゃからのう」
「うん……わかってる」
話が飲み込めない4人だったが、二人のやり取りからただならぬ雰囲気だけは感じ取ることが出来た。再び歩き出しドアに手をかけたティールを、今度は駆け寄ったゼフェルが腕を掴んでこちらを向かせる。
「待てよっ! オレらにわかるようにせつめーしろよ!」
「ゼフェル……」
ティールは穏やかな瞳でゼフェルを見上げた。その蒼い瞳に射すくめられ、ゼフェルは掴んだ腕を思わず放しそうになってしまう。
「……ともかく座って話をしましょう、ね。こんな夜に出かけては、アクハトのご加護は望めませんから」
ルヴァは入り口で立ち尽くすゼフェルの肩にそっと手を置き、こちらを見上げるティールの瞳に優しい灰色の瞳で微笑みを返した。
ティールは、ややあってから素直にこくんとうなずいた。