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「――ごめんなさい。ぼくが倒れちゃって、それでゼフェルは動きが取れなくなって。だからぼくが悪いんですっ!」
「もういい。おまえらが無事でなによりだ。……そうだろう、ルヴァ?」
ベットの上でひたすら頭を下げるマルセルと、頬に着いた口紅を一生懸命ふき取るルヴァを見比べて、オスカーはふっと笑った。
「そ、そうですね。あーマルセル、身体の具合はどうですか? だいぶ顔色が良いように見えますが」
「はい。もうすっかり元気です」
マルセルはルヴァの顔を見てやっと落ち着いたのだろう、彼らしい可愛い笑顔を浮かべた。
「……なぁ、ゼフェル。この人達、知り合いか?」
ティールは腕を組んで立ったままのゼフェルに近づき、そっと彼の耳元でささやいた。
「ま、知り合いっちゃ知り合いだけどよ」
ゼフェルは少し言い淀んだ。まさか守護聖仲間だとは言えない。
「兄だ。君には弟が随分世話になったようだな」
オスカーは立ち上がると身構えるゼフェルを捕まえ、その頭をくしゃっと撫でながら答えた。
その手をゼフェルは乱暴に払いのけ、蹴りをいれる。それを軽くかわすとオスカーは皮肉っぽく微笑んで、ティールが怪訝そうに見つめている事などまるで気にも止めない。
「兄弟? 四人とも?」
「ああ、そうだ。こいつがなかなか帰ってこないんで、母親が心配してね。
捜してこいって俺らが放り出されたんだ」
「……随分とそっくりな兄弟だね」
皮肉を言う少年に、オスカーは不敵に微笑む。
「異母兄弟って奴さ、坊や。しかも皆、母親似なんでね」
「ゼフェルの奴。まるで反省の色がないな。いつになったら守護聖としての自覚が出てくるんだまったく。ルヴァ、一度びしっと言った方がいいぞ」
オスカーは階段を降りてゆく少年達を見ながら、呆れたように呟いた。
マルセルの容体が落ち着くまでは、と我慢していたらしいが、ゼフェルにとってこの工場の一階は宝の山である。ルヴァやオスカーの顔を見たことで安心して元気になったマルセルを連れ、ティールと共に慌てて階段を駆け降りていった。
ルヴァは苦笑する。口ではきついことを言っているが、目の前にいるこの青年もまた、誰よりもゼフェルの事を心配しているのがよくわかっていたからだ。
「はは。でもね、オスカー。私は別に迷惑だとは思っていないんですよ。むしろ貴重な体験をさせてもらっています。ゼフェルは私の想像もできない事をいろいろ教えてくれますからねぇ」
にこにこと答えるルヴァをジッと見つめ、オスカーはふっと軽く笑う。
「面白い関係だな、おまえら」
「そうですかね。私から見ると、あなたとジュリアスも不思議な関係だと思いますよ」
「俺は純粋にあの方を尊敬しているだけだ」
「私も同じですよ。純粋にあの子が好きなだけです」
「やれやれ、千客万来じゃのう」
ふいに隣りの部屋から声が聞えて、二人は知らず知らずに居ずまいを正す。声の主は両手に盆を持ち、ゆっくりと明かりの元へ姿を表した。
「あの子供達の保護者か、あんた達は?」
「は、はい。この度はあの子達が大変お世話になりましてっ!」
ルヴァが慌てて頭を下げると、老人は微笑みを浮かべ二人に腰掛けるよう促す。
「儂はテュフォンラース=タンムーズ。見ての通りしがない機械工じゃよ。ティールは儂の娘が産んだ子でな」
そして手にした盆の上の酒瓶と小振りのグラスを3つ器用に持って、少しぐらつくテーブルの上に倒れないように並べた。
「茶よりはこっちの方がいいじゃろうと思ってな。あんた達、いける口なんじゃろう? ティールには儂の相手は出来んからのう。少し付き合っちゃくれんか?」
オスカーは目を輝かせたが、ルヴァは尻込みをする。
「あ、あの。わ、私はお酒はちょっと……」
しかし老人は、ルヴァの訴えなどまるで聞えなかったように、目の前のグラスに強い香りの漂う液体をゆっくりと注いだ。
「なんじゃ、だらしのない。これ位飲めんでどうする」
「そうだぜ、ルヴァ。さっきは平気だったじゃないか。それに酒は百薬の長って言うだろ?」
オスカーが面白がってこう言うと、テュフォンはほう、と感心してオスカーに視線を向けた。
「これはまた、ずいぶんと博学じゃなぁ、坊主」
彼のこのひと言に、オスカーはピクリと眉を動かした。なにしろ、今だかって彼の事を坊主呼ばわりした者はいなかったのだから、いくら老人とはいえ聞き流せなかったのだ。
「悪いがな、じいさん。俺にはオスカーっていう名前があるんだ。できればそう呼んで頂けると嬉しいんだが」
ランディがいつも言うような陳腐なセリフだ、と思いながらも主張せずにいられない。
しかしこの老人も負けてはいない。オスカーの反応を目を細めて観察しながら、さも楽しそうに笑った。
「ほっほっ、こりゃあ悪かったのう。じゃが、儂から言わせりゃあんたら皆ガキみたいなもんじゃよ」