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街の構造などまるでわからないが、ゼフェルは幼い頃からいたずらをすると、こうして故郷の下町の路地を逃げ回ったものだ。ここだってそれ程変わらないとタカをくくったのだった。
しかし、今ゼフェルが連れているのは一緒にいたずらをして走り回った幼なじみではない。みんなから愛され、甘やかされて、いたずらをして逃げ回った経験など皆無なマルセルである。
それでなくともゼフェルの足の速さについて行くなどマルセルには不可能だったし、腕を引っ張られ細い路地を振り回されたのではたまったものではない。たちまち息を荒げ、苦しそうにゼフェルに訴えた。
「ゼ、ゼフェ、ル。ぼ、ぼく、も、はしれ…な…」
「馬鹿っ! 今止まったらつかまっちまうだろっ! 死ぬ気で走れっ!」
「……ってほん、とに……しんじゃ、…よ」
ゼフェルが足をもつれさせるマルセルを振り向いて支えようとした時、隣の路地から腕が伸び、ゼフェルを羽交い締めにして口を押さえる。
身体をばたつかせて逃れようと抵抗するゼフェルを、腕の主もまた必死で押さえつけてきた。
「騒ぐなって! 静かにしろっ!」
その声が想像以上に幼く響いたので、ゼフェルは一瞬動きを止める。
声の主は座り込んで肩で息をするマルセルを、自分のいる路地へ引っ張り込むと、そのまま動きを止めた。
ゼフェルが息を殺して気配を伺うと、路地を走り回る何人かの足音がすぐ脇を通りすぎ、やがて遠ざかっていった。完全に音が消えるまでそこで呼吸を調えると、マルセルと声の主を改めて見つめた。
声の主は想像通り少年だった。歳の頃は十四、五歳位。おそらくマルセルと同年代だろう。
ご多分にもれず、頭にはターバンを巻いている。街で見かけた人々と同じように略式で、くるくるっと2~3回頭に巻き付け左側で結んで止めると余った部分をそのまま垂らしている。
フードのついた膝丈しかないトーブを羽織り、腰をベルトで止めている。
下には少しゆったりとしたズボンを履いて、丈夫そうな短めのブーツを縄状の飾りでぐるぐる巻いて止めている。
ゼフェルがジッとその少年を観察していると、マルセルの顔を覗き込んでいた少年がふっと顔をあげゼフェルと視線を合わせる。ゼフェルが一瞬たじろぐと、少年は少し低くなり始めた声を発した。
「おい、この子顔が真っ青だぞ。貧血を起こしてるみたいだ」
「え? だ、大丈夫か、マルセル!」
ゼフェルは慌てて側によると、ぺちぺちとマルセルの頬を軽く叩いた。
マルセルはぐったりとして何の反応も示さない。確かに顔は青いし唇は紫色に変わっている。
「こんな所に寝かせとくわけにいかないな。……っいしょっ、と」
そう言うと、少年はマルセルを背中に乗せて立ち上がった。背丈はゼフェルより数センチ低い程度だが、力は彼以上にあるようだった。
「その路地を抜けた突き当たりに工場がある。おれんち、そこなんだ。スクラップばかり集めてる物好きなじいさんも一緒に住んでるんだけどさ。そこで少し休ませよう」
ゼフェルは反論できずに黙って頷くと少年の後を付いて歩く。
路地を抜けると、太陽の光が辺り一面を照らしている。その光にゼフェルは一瞬立ちくらみを起こしかけた。
「大丈夫かい? フードかぶったほうがいいよ。あんたまで日射病起しちゃうから」
少年はゼフェルをちらりと振り返り、微かに笑った。
先程は路地のせいで日光を遮られ、よく見えなかった少年の顔が今ははっきりと見ることが出来た。
ターバンの隙間からのぞくこげ茶色の柔らかそうな髪の毛。少し太めの眉毛と可愛らしく小さな鼻。皮肉っぽそうな笑みを浮かべる薄い唇。
いかにも少年らしい風貌に、ゼフェルは一気に警戒を解いた。
ただひとつ、ゼフェルが驚いて息を飲んだのは少年の瞳の色だった。
青いのだ。ジュリアスやランディの青さとは違う。彼らのような明るい色ではなく深海のような深い深い蒼。
“オリエンタルブルー”そう表現したほうがいいかもしれない。吸い込まれそうなその瞳をぼーっと見つめていたゼフェルは、少年のくすくすと笑う声ではっと我に返ってつい語気を荒げた。
「なに笑ってんだよ」
「一人で百面相すんなって。面白いね、おにーさん」
「お、おにーさん!?」
「だって名前聞いてないもん」
「……ゼフェル」
「ゼフェル? ……あまり聞いた事がない名前だね」
「……おめーは? 人にだけ聞いといて自分は名乗らないつもりか」
少年はくすりと皮肉っぽく笑うと、背中のマルセルを左手で支え、右手を器用に差し出した。
「おれはティール。“砂漠の民”のティールっていうんだ。よろしく、ゼフェル」