?
「お暇乞い?」
「お別れをいいにきた、と言った方がいいか。いろいろ世話になったな、メル」
ヴィクトールは大きな手をそっとメルの頭に乗せて優しく微笑んだ。
反対にメルはみるみる大きな瞳を潤ませ始めた。
「お別れって。帰っちゃうの、ヴィクトールさん?」
「ああ。新宇宙の女王も決まり、俺の役目も終わった事だしな。
さっき王立派遣軍の古い友人からメールが届いてな。ちょっと相談したい事があるから、出来れば早めに帰って来てくれないかと言われたんだ。まあ、ここらが潮時だと思ってたし、すぐ帰ると返信してきたところだ」
「……そうですか。寂しくなります」
「そんな顔しないで下さい、マルセル様。俺は別れの時は笑顔で送って欲しいです」
ヴィクトールは俯きがちになるマルセルの肩を励ますように軽く叩き、ランディに照れ臭そうな笑顔を送った。
「ランディ様、いろいろお世話になりました。聖地で過ごした数ヶ月は、俺にとって何物にもかえがたい宝物になりました」
「俺の方こそ。ありがとうございました、ヴィクトールさん。あなたに教わったトレーニング法、絶対毎日続けますよ。そしていつか、オスカー様から一本取ったら必ずご連絡します」
「なるべく早くして下さい。俺は守護聖様方とは違って、普通の人間ですから」
ランディとヴィクトールはお互いに苦笑する。そんな二人の様子をジッと見つめていたゼフェルは、つっと一歩前に足を進めた。
「よう、ヴィクトール。その友人ってのは他に何か言ってなかったか? 例えば資源がどうのとか」
ゼフェルの脈絡のない問いかけに、ヴィクトールは一瞬面食らったが、すぐに真顔になって考え込む。
「確かに新しい資源の危機がどうとか言っていましたが。それが何か?」
「いや、ならいいんだ。……じゃ、世話んなったな。これはオレからの別れの印だ」
そう言うとゼフェルは床に落ちた花束をヴィクトールに押し付け、くるりと皆に背を向けて聖殿の外に向かって走り出した。
「あ、待ってよゼフェル! メル、これあげるね。アンジェ達に渡しといてくれる?」
マルセルは腕にかけたバスケットをメルにぽんと手渡し、ゼフェルの後を慌てて追いかけた。
「ちょ、俺も行くよっ。ヴィクトールさんお元気で。メル、また後でね!」
ヴィクトールに軽く頭を下げ、メルに片手をあげて見せると、ランディはものすごい速さで二人の後輩を追いかけ、あっという間に姿を消した。
メルとヴィクトールは、しばし呆然と三人が駈け去ったその場に立ち尽くしていた。先に我に返ったのはメルの方だった。
「……あーっ! みんなずるーい。メルだけ置いていくなんて~!」
「どういう事だ、メル。この花束は……」
ヴィクトールも我に返ったが自分の腕の中にある花束の所為で、さらに頭を混乱させていた。
夜の帳があたりを覆い始めた時刻。ゼフェルはこっそりと、自分の屋敷を抜け出した。
ここは自分の屋敷なのだから何もこそこそする必要はないはずだが、あいにくとこの館の使用人達は、聖地風の教育を受けている。
つまり守護聖とは神にも等しい存在で、俗世間の人々のような振る舞いなど絶対にすべきではない、いやするはずがないと硬く信じている。
自分達の主が夜な夜な外界に気晴らしに出かけていると知れば、大騒ぎになるだろう。
「ったく、つくづく窮屈なとこだぜ」
舌打ちをすると、ゼフェルは聖地を覆う壁に自分専用にこしらえた秘密の抜け穴へと向かった。
「どこ行くの?」
「げっ! なんでおめーが……」
がさがさと茂みの影から出てきたマルセルに、思わずゼフェルは及び腰になる。
「やーっぱりなにか企んでたんだな、ゼフェル。いったい、いつになったら守護聖としての自覚が出てくるんだよ」
頭についた木の葉を手で払いのけながら、ランディもマルセルに続いて顔を覗かせた。
「うっ、ランディ野郎まで。……おめーら、いつからそこにいたんだ?」
「ゼフェルが走って行った後からずーっと。ランディと交代で見張ってたんだ。ゼフェルは絶対何か企んでるからって」
「おまえが何か企んでる時ってまゆ毛がぴくぴく動くんだよ。自分では気付いてないだろ?」
「うるせっ!」
「なんて暇な奴らだ」と怒鳴りつけたいのをぐっと堪えると、ゼフェルはふてくされたようにそっぽを向く。
「何言っても無駄だかんな。……オレは今夜聖地を抜け出す。冒険がオレを呼んでんだよ。マルドゥークの大地がよ」
「えーっ! マルドゥークに行くつもりなの!?」