アンジェリークは子供の頃から不思議な力を持っていた。人の怪我や病気を手を触れることで直してしまえるのだ。
死ぬほどの重傷や病気はさすがに無理だったが、日常的に負ってしまう小さな怪我などだったら一瞬で直してしまえるのである。
これは、彼女の中に眠っている女王としての力の一部が表面に出てきた所為だったが、そんなことなどわかろうはずもない彼女の両親は、アンジェリークのその「不思議な力」を世間から何とか隠そうとした。
もちろんアンジェリーク本人も、人前で絶対使ってはいけないと言われて育ってきたが、本来が心根の優しい少女である。近所の猫や迷い犬が怪我をしているのを黙って見過ごせない性分で、人目を避けてはその力を使い続けていた。
それが女王となる資質を持つ少女を探していた王立研究院の調査網に引っ掛かったのである。
そして次期女王の候補として飛空都市に連れてこられたこの少女は、ここでもまたその力を使ってしまい、それをうっかりとオスカーに見つかってしまったのだ。
オスカーは最初驚いたが、彼女が女王候補であることを考えればおかしくはないと思った。しかし、だからといって頻繁に使うものではないとアンジェリークを諭し、今後もその力を人前で使わないように忠告した。二人だけの秘密にしよう、と。
「その約束を破ったんだな……」
大樹から降りたオスカーは、樹の根元に座ってアンジェリークをやや非難めいた目で見つめる。
「人前では使わない、とは約束しましたけど、今回はわたし一人ですもん。約束を破ったことにはならないでしょ?」
「誰か来たらどうする。大体、俺が近づいたことにもお嬢ちゃんは気付かなかったじゃないか」
「ここは人が来なくて落ち着ける、って教えてくれたのはオスカー様ですよ」
アンジェリークはけろりとしたものだ。
しばらく無言だったオスカーも、やがて「仕方がないお嬢ちゃんだ」と小さく呟いて降参する。どうにもこの少女の前だと、いつもの「女ったらしのオスカー様」の本領を発揮できない。
そこで、少し話題を変える事にした。と言うよりも、一番気になっていることを聞き出すことにしたのだ。
「ところで……こんな時間にどうしてこんなところにいるんだ? いくら飛空都市が安全だと言っても、女の子が一人で夜明け前から歩き回るのはどうかと思うぜ」
まさかここで一晩を過ごしたんじゃないだろうな?と言いたげな視線をアンジェリークに送る。
するとアンジェリークは、すっと目線をオスカーから朝日に向けて膝を抱えた。
「夢を見たんです。とっても怖い夢を見て目が覚めて……そしたらそのまま寝られなくなっちゃったんです」
「どんな夢だ?」
オスカーの穏やかな問いかけに、しばらくアンジェリークは無言だった。
やがて軽く頬を掻きながら口を開く。
「力が溢れ出しちゃう夢。わたしの身体から光が溢れ出して、宮殿の床が金色に光ってるの。そのうち体中がだるくなって立ってられなくて、わたし、倒れちゃうんです。なのに力はどんどんどんどん溢れちゃって、止めようと思っても止められないの。世界中が金色に染まって、他には何にも見えない。ただ、倒れてるわたしと、金色の光だけが世界の全てになって……」
その光景を思い出したのか、アンジェリークは軽く身体を震わせると自分の身体を両手でぎゅっと抱きしめた。
「そしたら目が覚めたんです。目が覚めたとき、ああよかったって思った。夢だったんだって。でも……心臓のドキドキは収まらなかったんです。夢だってわかっても怖かった。また眠ったら、夢を見ちゃうのかなって。そう思ったら怖くて眠れなくなっちゃった」