オスカーはアンジェリークを黙って見つめた。
実は一週間ほど前、実質的な女王試験は終わっていた。
アンジェリークとロザリアという二人の少女が、どちらがより女王にふさわしいかを計るために始まった「大陸育成」という試験は、現女王の力の衰えの進行具合とアンジェリークの女王としての資質の急激な開花によって、終了を余儀なくされてしまったのだ。
しかし育成を始めた大陸の成長を中断させることも出来ないし、なによりアンジェリークの力の急激な高まりを、まだ彼女自身がコントロールできなかった。
そこで、両者ともいま少し大陸育成を行いつつ、アンジェリークには女王サクリアのコントロールの方法を、ロザリアには彼女をフォローする補佐官としての勉強をするカリキュラムを組むことにした。
そんな時期にアンジェリークが見た夢。
力が溢れ出して止められないというその夢は、おそらくいまのこの少女の心の声なのだろう。
急激に育ってしまった力。今までとは比べ物にならないくらいに大きくなってしまったそれを、上手くコントロールできるのだろうか。
宇宙という、あまりにも重い物を支えていけるのだろうか。
そういった不安と慣れない力のコントロールへの重責などが、アンジェリークを不安にさせ、彼女に夢を見させたのだろう。
オスカーは黙ってアンジェリークを見つめた。
過去の自分もそうだった。急に具現化した自分の力。他の人間とは違ってしまった自分自身への恐怖。
しかし、それを乗り越えるのもまた、自分自身しかいないのだ。
「でも……よかった、ここに来て。だってオスカー様に会えたもの」
思わぬ言葉を聞いたオスカーは、驚いて目を見張る。するとアンジェリークは再びオスカーの目を覗き込んで無邪気に微笑んだ。
「人に話を聞いてもらえるのって効果あるんですね。喋ったらなんだかすっきりしちゃった」
「……そういう意味か」
オスカーは苦笑いをする。そして身体を少しずらすと、その場に仰向けに寝転がって頭の後ろに手を廻した。
「え? そういう意味って??」
アンジェリークはオスカーの苦笑いの真意がわからなかったのか、きょとんとした表情を浮かべてオスカーを見下ろしているばかりだ。その幼い表情が可愛らしくて、オスカーはつい唇の橋が緩んでしまう。
「いや、わからなくていい……今はまだ」
「前にオスカー様が、この丘に来ると落ち着くって言ってたでしょう? だからわたしも落ち着けるかなって。そう思ったら、もう足が勝手にここに来ちゃったんです」
えへへ、とアンジェリークは笑う。
「俺のお気に入りの場所が、お嬢ちゃんの役に立ったとは光栄だな」
「はい。バッチリ役に立ちました!」
アンジェリークは拳を握りしめると小さくガッツポーズをし、オスカーに向かって嬉しそうに笑って見せる。
「ここは俺の故郷にどことなく似てるんだ。あの緑の広がる平原に……」
オスカーはゆっくりと目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、幼いころに駆け回った平原と、どこまでも続く地平線。
「いつか……いつか、お嬢ちゃんにも見せてやりたいな……」
あの風の吹き抜ける平原と、そこにゆっくりと光を投げ掛ける朝日を。
「うん。……いつか見せて下さいね」
アンジェリークがにこりと笑ってオスカーを見下ろすと、彼は瞼を閉じて微かな寝息を立てていた。
朝日を浴びたオスカーの寝顔は、普段の隙のない彼とは違って見えた。
ひどく無防備で、あどけなくて。まるで、遊び疲れてそのまま眠ってしまった少年のように見える。
アンジェリークは軽く笑うと立ち上がり、大きく伸びをした。
「さ~て、今日も頑張らなくちゃ!」
彼女の声に応えるように、宮殿にある鐘の音がふいに辺りに鳴り響く。
それは飛空都市に、朝の訪れを知らせる合図だった。