すっかり日が沈んだ回廊を、オスカーに手を引かれるようにしてロザリアは歩いていた。
恥ずかしいと最初は拒否したものの、自分が目を醒ますまでオスカーは彼女を抱いて待っていてくれたのという負い目と、思った以上の痴態を見せてしまった所為で真っ向から彼の顔を見て抗議する気力がなくて、結局「着替えを取りに自分の部屋に戻りたいんだが……こんな姿で宮殿内を歩き回れないだろう? だから盾になってくれないか」ともっともらしい理由をつけた彼の言いなりになってしまったのだ。
だがオスカーはロザリアの陰になるどころか、進んで彼女の前を歩いてしまうものだから、ロザリアは彼の逞しい背中を見ることが出来なくて、うつむき加減に視線を落とし、丸めて持っていたオスカーのシャツをぎゅっと握りしめた。
やがて僅かに顔を上げたロザリアは、紅茶で汚れたシャツをオスカーに渡そうと少し足を速めた。せめて彼の執務室に着くまででも、羽織ってもらおうと思ったからだ。
「あの……オスカー」
しかしロザリアの声に立ち止まって軽く振り返ったオスカーが口を開くよりも早く、抜群のタイミングで曲がり角から顔を覗かせたランディが二人を見つけてこちらに駆け寄ってきた。
「オスカー様! ロザリア!」
ランディの声に、ロザリアは慌ててオスカーの手から自分のそれをするりと抜き取った。それを名残惜しそうに見送ったオスカーは、改めて彼女を背にして向き直ると、駆け寄ってきたランディに微かな笑みを浮かべてみせた。
「どうした、坊や」
「どうしたじゃありませんよ。お茶会の途中で抜け出されて、けっきょく最後まで戻ってこなくて……そんなひどい火傷だったのかって、俺、心配したんですからね」
抗議するような上目遣いでオスカーを睨んだランディは、オスカーの後ろに隠れるように立っているロザリアをちらと見てから、またオスカーに視線を戻した。
「心配だから見に行ったほうがいいんじゃないかって言ってるのに、陛下もオリヴィエ様も行かないほうがいいとか行くと後悔するとかしか言わないし……なんのことだかさっぱりですよ」
ため息混じりに吐かれたランディの言葉に、ロザリアは心臓が跳ね上がりそうになった。ランディが見に来たかもしれないという恐怖もあったが、それよりも明らかに事情を見越していたらしいアンジェリークやオリヴィエの言動の方が、よほど彼女にとっては衝撃だ。
明日から二人とどんな顔をして向き合ったらいいのだろうと真っ赤な顔をして両頬に手を添えたロザリアには気がつかないのか、ランディはちらっとオスカーの胸元に目を向け、驚いたように目を見開いた。
「オスカー様! ひどい火傷じゃないですか!」
「ん?」
怪訝そうな声を漏らしたオスカーが自身の胸元に視線を落とすと、ランディは怒ったように彼に詰め寄った。
「ほら! ここ、みみず腫れみたいに真っ赤になってますよ。なんだか……引っかかれたみたいに」
ランディがそう言った途端のオスカーとロザリアの反応は、実に対照的だった。オスカーは一瞬怪訝そうに眉をひそめたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
そして「ああ。これはな……」と言いながらちらりとロザリアに視線を送った。
するとロザリアは一瞬きょとんとした表情を浮かべたものの、すぐに彼がなにを言わんとしているか察して顔中に朱を散らせたかと思うと、思わず一歩前に進み出てランディを睨んだ。
「な、なんでもありません! ただの火傷ですわっ!」
「でも、こんなみみず腫れみたいに赤くなってて……痛くないですか、オスカー様?」
「いや。痛いというよりも、誇らしいほうが強いぜ。なにせ……」
「オスカーは黙っていてっ! とっ、とにかく彼の手当は引き続きわたくしがしますから、ランディ、あなたは早くお帰りになってくださいっ!」
「え……でも、俺になにか手伝えることはないかい? 火傷の薬はないけど、こういう擦り傷みたいなのに効く薬なら……」
「なにもありません大丈夫ですいいからわたくしにまかせておいてくださいではごきげんようランディっ!」
一気にまくし立てたロザリアはオスカーの背に手を伸ばすと、彼の身体をぐいぐいと押しながら大股で歩き始めた。一刻も早くランディから離れなければ、一体どんな追求をされるかわからない。そしてオスカーが、おもしろがってなにを彼に言い出すかもしれない。
いつになく鬼気迫るロザリアの様子に毒気を抜かれたのか、ランディはそれ以上彼らを追いかけようとはしなかった。
ただロザリアに押されながら軽く振り返って「そういうことだ……それじゃあな」と、なにやら含みのありそうな笑みを浮かべるオスカーの態度に、ほんの少しひっかかるものを感じたが、ロザリアが怖い顔をしてまたこちらをちらりと見たので、ランディは慌てて彼らに背を向けると、足早にその場を立ち去った。