butterfly

(3)

「ロザリアはああ言ってたけど、心配してないわけないよな?」

ランディは廊下を歩きながら、隣で仏帳面をしたゼフェルをちらりと見下ろす。

「あいつがいいって言ってんだ。オレらが心配する筋合いはねーだろ」

「確かにそうかもしれないけど…。でもやっぱり良くないよ。奥さんがいるのに他の女の人と付き合うなんて」

またこいつのお節介がでた、とばかりにゼフェルはぷいとそっぽを向く。

「だからっておめーに迷惑かけてるわけじゃねーだろ。ほっとけよ。……オレは大迷惑だけどよ…」

最後はぼそりと呟く。

しかしランディには聞こうという意思がないので、幸いにも彼の耳には届かなかった。

「でもさ…」

「でもでもってうるせーなっ! んなに気にいらねぇんなら、ぐうの音も出ない様な証拠でも探して、目の前に突きつけてやりゃいーだろっ! オスカー野郎の前によっ!」

うだうだと思考を巡らすランディに、いらいらを爆発させたゼフェルはついに立ち止まり怒鳴りつけた。そして勢いで飛び出した自分の台詞に、はたと考え込む。

『…そうだな。そうすりゃ、アンジェにちょっかい出すのもやめるかもな』

あくまでも自分が中心のゼフェルである。

そうかぁ、とみるみる瞳を輝かせ始めたランディを見上げると、一癖ありそうな笑顔を浮かべた。

「おめーひとりじゃたよりねーな。オレもまぁいろいろ忙しいんだが…しょうがねぇ。手伝ってやってもいーぜ?」

 

「君の笑顔は麻薬だな。俺を決して離そうとしない危険な麻薬だ」

「相変わらず美しいな。…どうだい、俺とめくるめく時間を過ごしてみないか、レディ?」

「お嬢ちゃんの瞳は水晶よりも澄みきっているな。そしてどんな宝石よりも魅力的だ」

すれ違う女性全て、老若関係なくひと言ずつ言葉を投げ掛け笑顔を向ける。

そのマメな態度に、こっそりと後をつけるランディとゼフェルは、最初こそ怒ったり呆れたりしていたが最後にはオスカーに尊敬の念さえ抱くようになっていた。

「……ある意味すげーな」

「俺、あんなにポンポン台詞が浮かばないよ」

 

庭園にいた女性にあらかた声をかけ終わると、オスカーは噴水の前へと向かった。

そこは日の曜日に商人が露店を開いている定番の場所だ。

今日もいつもと同じように怪しげな店が開かれ、そこには目を輝かせながら覗き込む女王候補二人の姿があった。

「よう、お嬢ちゃん達。待たせちまったかな?」

「あ、オスカー様」

オスカーが声をかけると、レイチェルが振り返り軽く手を振る。

その隣で鳥のぬいぐるみの頭を撫でていたアンジェリークは、これも顔を上げると恥ずかしそうににこと微笑んだ。

自分の姿は見られていないと思いながらも、ゼフェルはその笑顔にどきりとする。

そしてその笑顔を向けられているのが、自分ではなくオスカーであるという事実に、再びめらめらとオスカーに対する敵愾心を燃やし始めた。

『今だけだぜ、オスカー野郎っ! 月夜ばかりと思うんじゃねーぞっ!!』

そんなゼフェルの怒りのオーラを知ってか知らずか、オスカーは二人の少女に近づき、そっとそれぞれの肩に手をかける。

「それじゃ行こうか。可愛いお嬢ちゃん達」

『馴れ馴れしく触るなーーっ!! アンジェっ! オメーもそんな奴に嬉しそうに笑いかけんじゃねーっ!』

ゼフェルはもう少しで飛び出しそうになるが、店先に視線を走らせるオスカーの意外に真剣な表情にふと動きを止めた。

「今日はいつもの軽そうな奴じゃないんだな」

「彼はちょっと風邪をひきましてね。私に代わりに行くようにと。きちんと許可も頂いていますよ」

許可証を手に取って見せながら、商人はにこりと微笑んだ。いつもの怪しげな風体の若い商人ではなく、そろそろ中年に差しかかろうかという実直そうな男だった。

こちらは身なりもきちんとしているし、あの若い商人と比べるとこの男の方がよほど聖地には相応しかろうと思われる。

オスカーは、商人の無邪気な笑顔に表情を僅かに緩めると、二人の少女の肩に乗せた手に力を込めて引き寄せる。

「悪いがお得意様二人を攫っていってもいいかな?」

「どうぞ、と言いたいところですが、こちらも商売でして」

「それもそうだな。……そのカチューシャ、そうブルーとピンクの色違いをそれぞれ包んでくれないか? こちらの妖精二人にプレゼントしたい」

商人は無言で別々にラッピングすると、驚く少女二人にそれぞれ手渡す。そしてオスカーに向かって優しい笑顔を返した。

「ありがとうございました。…よい一日を」

 

オスカーが少女二人と楽しそうに語らいながら歩く後ろを、ランディとゼフェルはあちらの茂み、こちらの木陰と場所を移し、周囲の不審げな視線を一身に受けながらついて回る。

かなり間抜けな構図だが、本人達はいたって真剣なので、誰も声をかけようとはしない。

オスカー達は庭園を抜けると、一気に人通りの少ない並木道を静かな方へ静かな方へと進んでいった。

 

大体において聖地は人口密度が少ない。

本来女王と守護聖のみが住む特殊な空間であるから、必要最低限の人間しかいないのだ。その為、皆の憩いの場である庭園以外で他人と遭遇する事はそう頻繁にはないのである。だから閑散としているのはなにもこの道に限らないのだが、オスカーの事をはなから疑っているふたりの少年には、わざと人気のない場所へ誘っているとしか思えなかった。

「…どこへ行くんだろう? この先ってますます寂しくなるんじゃなかったっけ?」

ランディが腰を屈めながらこそっとつぶやく。

だがゼフェルは、ひと言でも言葉を発したらオスカーに怒鳴りつけてしまうかもしれないといったまさに沸点寸前状態だったから、なんとか自制し口を噤んだまま先を急ぐ。足元の草を踏んだ時に起きるかさかさという音を気にしながら、二人は無言で先を行く一行をつけてこそこそと歩く。

やがてオスカー達が立ち止まった。後をつけていたランディとゼフェルは、慌てて少し離れた茂みに身を潜め隙間からそっと顔を覗かせた。

「綺麗だろう? これをぜひお嬢ちゃん達に見せたくてな」

「うわぁ?」

オスカーの声に被さるようにして、少女二人の歓声が辺りに響く。

そこは見渡すかぎりの花畑だった。

色とりどりの花が咲き乱れ、蜜を求めてどこからともなく集まった蝶が飛び交う、まさに楽園のような光景が拡がっていたのだ。

アンジェリークは2?3歩足を踏みだすと、かがみ込んで紅い花にそっと手を触れる。レイチェルは花畑の中央にすばやく向かうと、左右を見渡し瞳を輝かせた。

「すっごーいっ! 四季の花が季節に関係なく同時に咲いてるなんて。

やっぱり聖地って面白いヨ?」

そしてアンジェリークを手招きすると、疑いもなくとことこと近づく彼女にばっと花吹雪を浴びせかけた。

「きゃぁっ!」

「キャハハッ! アンジェってば相変わらずトロいね」

「もうっ。よくもやったなぁ」

花畑でじゃれあう二人に、オスカーは微笑を浮かべながら見つめる。

「どうやらお気に召したようだな」

「すっごく気に入りましたっ! うわ?、こんな花が咲いてる。図鑑でしか見た事なかったヨ」

「素敵なところですね。連れてきて下さってありがとうございます、オスカー様」

レイチェルに頭からの花びらの洗礼を受けながら、アンジェリークは本当に嬉しそうに笑う。

その顔にしばし呆然と見とれていたゼフェルは、自分の肩をちょんちょんと突くランディの手を鬱陶しそうに跳ね除ける。しかし尚も背中を突きながら「ゼフェル」と押し殺した声をかけてくるランディに、むかっとして凄い形相で振り返った。

「るっせーなっ! なんだよっ!」

振り返った途端、ゼフェルの身体が硬直する。ランディは後ろから羽交い締めにされ、喉元にナイフを突きつけられているではないか。

羽交い締めにしている男は先程の商人なのだが、さっきのゼフェル達の位置からでは彼の顔は見えなかったのだものだから、ゼフェルには何がなにやらさっぱりわからなかった。

それは押さえつけられているランディも同様で、ゼフェルと並んで隠れていたところをいきなり後ろから襲われたので、彼にしては間が抜けているが抵抗も出来ずにあっさり掴まったのだった。

「誰だ、おめー…」

相手を刺激しないよう、低い声で問いかける。この辺はゼフェルの方がランディより状況判断は的確だ。

「名乗っても仕方がないですよ。私はあなた方とは違う、ただの人間ですから」

男が低い声で答える。冷静で穏やかな男の声は、逆に恐ろしさが際立って聞こえる。

「……なんでもいいや。悪い事はいわねーからそいつを離せ」

締めつける男の腕にぐいっと力が籠り、苦しそうにランディが顔を歪めるのを見て、ゼフェルは命令口調で囁いた。

「私の願いを聞き届けて下さればいつでも。私も手荒なことは好きではありませんしね」

男がふっと笑う。その笑顔に僅かだが狂気が潜んでいるのを見て、ゼフェルは背筋に寒けが走った。

思わず立ち上がり2?3歩後ずさると、誰かに背後からぽんと受け止められて動きが取れなくなる。

「…やれやれ。手間のかかる坊や達だ」

振り向いて自分を支えるオスカーを見上げ、ゼフェルはほっと安堵している自分に驚いた。

「オスカー…」

「仕方がない。不本意だが、ゼフェル。お嬢ちゃん達のお相手を任命してやるぜ」

「うわっ!」

ゼフェルはオスカーにくるりと廻れ右をさせられると、背中をどんと蹴飛ばされる。

蹌踉めいて転びそうになるところを、慌てて駆け寄ってきたアンジェリークとレイチェルに左右から支えられ、思わずホッと息を吐き出した。

「大丈夫ですか、ゼフェル様?」

「…あ、ああ」