雨のち晴れ

(3)

不思議なことに次の日から、ロザリアの育成は少しずつ上向き始めた。

『ようは気の持ちようということね。気分転換の効果もあった事だし、少しは見直してあげようかしら』

ロザリアは上機嫌とまではいかないが、かなり機嫌よく宮殿へと向かっていた。

「今日はジュリアス様のところにお伺いしよう。それから…」

ふと、炎の守護聖の顔が浮かんだが、慌ててそれを打ち消した。

「今、フェリシアは強さを望んでいないわ。それよりもむしろ優しさを求めているんですもの。そうね、リュミエール様にお願いしに行きましょう」

彼女らしくなく大声で独り言を言うと、大股で光の守護聖の執務室へと歩いていった。

 

ジュリアスはいつものように淡々と執務をこなしていた。ロザリアはゆっくり扉を開け、下げていた頭を上げて正面を見て驚く。そこに逢いたかった人と、逢いたくなかった人の両方がいたからだ。

ジュリアスは報告を続けるオスカーを軽く手で制すると、ロザリアに声をかける。

「今日は何の用だ、ロザリア?」

「いつも熱心だな、お嬢ちゃんは」

声をかけるオスカーを無視した形で、ロザリアはジュリアスに微笑みかけた。

「こんにちは、ジュリアス様」

 

「どうしてついていらっしゃるんですか?」

「君が俺の行く方向に進んでるだけじゃないのか?」

ロザリアの後ろからオスカーがついてきていた。同じ方へ行くだけなのだろうが、何となくロザリアは居心地が悪かった。ロザリアがくるりと振り向き、オスカーを見上げて文句を言おうとすると、視線の端に金色の髪が走ってくるのが見えた。

「ロザリア?。ここにいたのね、さがしちゃったぁ!」

はあはあと息をついてロザリアの腕をつかみ、深呼吸するとアンジェリークは破顔する。

「あのね。マルセル様がチェリーパイ作ったんですって。私とロザリアに味見して欲しいっておっしゃってるの。すごいわよね、男の子なのにパイ焼いちゃうのよ?行こうよ、ね?」

「やれやれ、お嬢ちゃんはやっぱりお子様だな。パイなんかに目がくらんで、俺っていういい男が目の前にいるのにまるで気にも留めてくれないんだからな」

アンジェリークの頭にふわりと手を乗せ、オスカーは微かに笑う。そのオスカーを仰ぎ見るようにアンジェリークはにこりと笑った。

「オスカー様もいらっしゃいませんか?」

「いや、俺は遠慮するよ。甘いものは苦手でね。いや、こういう甘さなら大歓迎なんだが」

そう言うと、アンジェリークの手を取り軽くキスをする。アンジェリークはその途端、顔から火が出るほど赤くなった。

チクッ…。

ロザリアはきゅうっと胸を締めつけられた様な痛みを感じる。そして楽しそうに笑いあう二人から思わず視線を外した。

「ごめんなさい、アンジェリーク。ちょっと気分が悪いの。今日は遠慮させていただくわ。マルセル様にはあなたからおわびを言ってくださる?」

「え、大丈夫? なら私も一緒に帰るわ」

アンジェリークは眉をひそめて、ロザリアの顔を覗き込んだ。

「いいえ、大丈夫よ。あなたは楽しんでいらっしゃい」

「それなら、俺が送っていこう」

「いいえ、結構です。失礼いたします」

軽く頭を下げると、オスカーの顔を見ようともせずにロザリアは歩き出した。

 

「頭が痛い…」

目覚めた時に、ロザリアはこめかみを軽く押さえた。

額に手を当ててみる。少し熱い気がする。ベットから立ち上がってみた。少しふらつくが歩けないことはなさそうだ。

「早めに育成を終えて、午後は部屋で休んだほうがいいみたい。先は長いんだし」

今日一日休めばいいのだろうが、最近のアンジェリークはなかなか上手に育成をしている。一日休めばそれだけ彼女に後れを取りそうな気がしたのだ。

ロザリアは軽く息を吐くと、クローゼットの扉を開けた。

 

「お嬢ちゃん、今日は俺のところに来てくれないのか?」

オスカーは、宮殿の入り口の階段の下に立ってこちらを見上げている。いつもと同じ自信に満ちた笑みを浮かべて。

ロザリアはため息をつきながら、階段に足をかけた。少しふらつくと自覚しているので、一歩一歩を確かめるようにゆっくりと降りる。

「ええ、今日はお伺いする予定はありませんの」

「残念だな。あちらのお嬢ちゃんはさっき育成のお願いに来てくれたんだが」

オスカーが何気なくそう答えるのと、ロザリアが顔をあげるのが同時だった。

「何度も申し上げたはずですわ、オスカー様。わたくしとあの子を一緒にしないで下さいっ!」

言うと同時に、ロザリアはさーっと自分の頭から血の気が引くのがわかった。足を踏み外したと思うと、ぱふん、とオスカーの腕の中に収まってしまう。

「大胆だな、お嬢ちゃん。俺の腕の中に自ら飛び込んでくるなんて」

反撃を予想していたのにロザリアは動かなかった。オスカーは少しいぶかしんで、ロザリアの頬を軽く叩く。掌に熱さを感じて慌ててロザリアを揺すぶった。

「お嬢ちゃん、大丈夫か!?」

 

『……やっぱり今日は休んでたほうがよかったみたい』と、朦朧とした意識の中でロザリアは考えた。