彼女のロザリアに対する気持ちは、真っ直ぐで偽りがない。ただ少しやり方が強引で乱暴だっただけで、本当に親友のことを心配しているのだというのは、痛いほど良くわかる。
「でも、ゼフェル様だったらきっと、もっと、ずっとロザリア、幸せになれる気がするんです。あの方なんかじゃなくて、ゼフェル様だったら。……だから」
やがてゼフェルは溜息をつくと、アンジェリークから手を放して数歩下がった。そして腰に手を当てて地面を見つめたあと、顔を上げた。
「オメーな、オレを馬鹿にすんのもいい加減にしろよ」
「え?」
「アイツじゃ無理だからオレにするってのか? んなこと言うような女、こっちからお断りだ」
「そんな、つもりじゃ」
「だいたいよー、別に怖いとか恥ずかしいとか、んなんじゃねっつの。アイツが迷惑すっから言わねーだけだ」
「迷惑って……でも、ゼフェル様の方が優しいし、話しやすいし、ロザリアだって、ゼフェル様のこと好きだって言ってたもの!」
アンジェリークの言葉に、ゼフェルは一瞬顔を赤らめたが、すぐに口元にほろ苦い笑みを浮かべた。
「ダチとして好かれてんのと、男として好かれてんのは違うだろ。そんくらい……わかるさ」
ロザリアはゼフェルに好意を持っている。それは自惚れではなくて事実だ。だがその好意は、あくまでも「友人」としてのものであることも、ゼフェルはよくわかっていた。
彼女の笑顔も、声も、仕草も、自分に向けられるロザリアという存在は、優しく温かい。だがそれは、同時にゼフェルに切ない想いももたらしていた。
ロザリアがオスカーのことを好きだというのも、誰に聞いたわけでもなく、ましてやロザリア本人がひと言もそれらしいことを言ったことがないにもかかわらず、いつの間にかゼフェルは知っていた。
それは彼女の何気ない仕草や、視線や、表情のすべてが、嫌というほど真実を彼に突きつけたからだ。
自分に向ける瞳とは違う視線でオスカーの姿を追い、違う表情で拗ねてみせる。恥じらったような笑顔も、目を伏せて顔を背ける仕草も、彼に見せているロザリアすべてが、自分がいつも見ている彼女とは違う。
それだけ彼女のことを、目や耳や感覚全部で追っているのだと気がつき、ゼフェルはやりきれない気持ちと同時におかしさが込み上げて、ひとり夜空を見上げて笑ったのは、つい最近のことだ。
「もしオレがアイツに言ったらよ……アイツ、困るだろ。ヘンなとこ真面目だからさ、断りゃいいのに、オレの気持ちばっか気にして、自分のマジな気持ちとの板挟みになっちまうぜ、きっとな」
「だから……」と言葉を切ると、ゼフェルは唇の端をゆがめて自嘲気味な笑みをこぼしながら、頭をかいた。
「それによー、けっこう気に入ってんだ、このポジション。お互いに気をつかわねーで、すげぇ気楽に一緒にいられるし、あの野郎には言えねぇようなことも、けっこう聞いたりしてんだぜ?」
「ど、どんなことですか!?」
興奮気味に身を乗り出すアンジェリークの前で、ゼフェルは腕を組みにやっと笑った。
「バーカ、言えるわけねぇだろ。オレとロザリアだけのヒミツだっつうの」
「わー、ずるぅい! わたしだってロザリアの親友だもーん! 教えてくれたっていいじゃないですか」
「ヤダね、教えてやんねー。つうか、親友を猫にしちまうようなヤツに話せるかよ」
「うっ! そ、それを言われると……」
カラカラと笑うゼフェルを恨めしそうに見ていたアンジェリークだったが、やがて軽く息をつくと柔らかい笑みを浮かべた。
「……ゼフェル様って、わたしが思ってたよりもうんと大人なんですね。なんか、やっぱりもったいないなぁ」
「オメーに言われてもなぁ。つか『思ってたよりも』ってのはどーいう意味だよ、アンジェリーク!」
「アハハ、言葉通りでーす!」
悪びれずに笑うアンジェリークを睨みつけて、再び彼女に詰め寄ったゼフェルだったが「きゃー、ごめんなさい!」とはしゃぎながら頭を押さえる彼女の頭を軽く小突きながら、はたと何かを思いついて手を止めた。
そしてアンジェリークの肩を掴むと、怖いくらい真剣な表情で口を開いた。
「くそっ! 忘れてたぜ! んなことしてる場合じゃねぇんだ! おい、オメー手伝え!」
「え、え、え?? な、なにをですか??」
わけがわからずきょとんとするアンジェリークの肩から手を放すと、ゼフェルは彼女の手をすばやく握って、そのまますたすたと自分の屋敷に向って歩き出した。
「ゼ、ゼフェル様?? あのっ!?」
よろめきながらもゼフェルに手を引かれ、なんとか彼の横に並べたアンジェリークは、怖い表情を浮かべるゼフェルの横顔に恐る恐る話しかけた。
「ゼフェル様、あの…」
「あの薬、効き目は一週間つったよな?」
「はい。日の曜日に飲んだから、次の日の曜日には元に戻るみたいです」
「オメー、アイツを引き取る手はず、つけてんのか?」
「え?」
きょとんとした表情を浮かべるアンジェリークをちらりと見、ゼフェルは呆れたようにため息をついた。
「っぱりな。このまんまじゃロザリアがやべぇっての、わかんねーか?」
「やばいって?」
足をゆるめる気配もないゼフェルに必死で追いつきながら、アンジェリークは首を傾げた。
「元に戻るんだから、別に問題はないんじゃないですか?」
「大ありだっつうの。いいか、アイツはいま、オスカーの屋敷にいるんだぜ? んで日の曜日の夜に魔法が解けて、子猫は人間に戻る。オスカーの目の前でな。そんな状態で、ロザリアが無事でいられると思うか?」
「……あ!」
事の重大さにようやく気がついたアンジェリークは、小さく叫ぶと目を見開いた。
「ど、どうしよう!! ロザリアに勝負ネグリジェを渡すの、忘れてたぁ!!」
「そーいう問題じゃねーだろっ!」
的外れな事で動揺するアンジェリークに怒鳴りつけ、すぐにゼフェルは顔を赤らめると再び正面を向いた。
「大体ネグリジェなんか、どんなのだって気にしねーよ。中身にしか興味ねーんだから、あのケダモノ……じゃねぇっ!」
ゼフェルは独り言を呟きつつ何かを想像したらしく、更に顔を赤らめて唇をぎゅっと噛みしめた。するとアンジェリークは彼の表情を観察しながら、再び「あっ!」と小さくつぶやくと、ゼフェルの手をぎゅっと握りしめて涙声を漏らした。
「うわーん、ゼフェル様! ロザリアがわたしを残してお母さんになっちゃうなんてイヤですぅ!」
「オメーな…ま、よーやくわかったみてーで安心したぜ」
呆れつつもゼフェルは、アンジェリークの手を励ますようにぎゅっと握り返した。
ちなみにこの辺り、彼は全然意識をしていない。普段のゼフェルであれば、手を握って女の子を励ますなどという恥ずかしい好意は絶対にしないのだが、『ロザリアの危機を救う同志』という意識の方がはるかに強かったので、そんな事などすっかり忘れていたのだ。
「とにかく、ロザリアを効き目が切れる前に、あの屋敷から助け出さなきゃなんねー。それがムリなら、身を守れるようななんかを渡してやんねーと」
ゼフェルの言葉に、アンジェリークはこくこくと何度もうなずきながら、珍しく表情を引きしめた。