magique petit chat

(11)-ふたたび、日の曜日-

ブルーアイ=ロザリアは、片目をそっと開けて、隣で穏やかな呼吸を繰り返しているオスカーの顔をそっと見上げた。

彼は、今日は珍しく早くベッドに入れたおかげかすでに熟睡していて、冷たい色をした瞳が瞼で隠されている所為か、やけにあどけない寝顔をしていた。

昼間はあんな態度をとったが、結局ロザリアは、夜になると当たり前のようにオスカーの後を付いて部屋に入り、彼が優しげに微笑んでいるのを恥ずかしいのでなるべく見ないようにしながら素早くベッドに飛び乗って、すぐに丸まってしっかりと目を閉じた。

ふわっと温かい手が背中をそっと撫で「……お休み、お嬢ちゃん」と言って隣で横になるオスカーをちらっと盗み見ると、ロザリアはほんの少し彼の身体の方へ近づいた。

 

ロザリアは、黙ってオスカーの寝顔を見ながらふと「このままずっと……猫のままでいられたら」と考え、はっとなって慌てて首を振った。

子猫の姿の自分には、オスカーはありのままの姿を見せてくれる。

執務室で真剣に仕事に取り組む姿や、意外に子供好きで、ランディほど頻繁ではないが時々庭園で子供たちと遊ぶ姿を見せてくれたりした。

屋敷では、たまに考え事に夢中になって机に足をぶつけたり、キャットフードとドッグフードを間違えて買ってきてメイド頭に怒られるなどといった、意外にドジな一面も見せてくれたりして、ロザリアにはそれら何もかもが新鮮で楽しかった。

ロザリア本来の姿で接していたときには、いつも大人でそつが無くて、弱点など何もない自信に溢れた彼に魅かれていたが、それと同時に、自分のような子供では到底釣り合わないという焦りや不安感がいつもあった。

だがこうして一緒に暮らしてみると、彼も必ずしも完ぺきではないし、さっきのように弱気になることもある普通の人間なのだというのがわかって、なんだかとても嬉しかった。

同時に自分も、この姿でだったらほんの少しだけ素直になれることにも気がついた。どうせ猫なのだから、と思うと、いつもの自分からは考えられないくらい大胆になることもできる。(とは言っても、せいぜいこうやって甘えて寄り添ったり、親愛の情をこめて顔を軽く舐める程度だが)

元に戻ってしまったら……きっとこんなふうにはオスカー様に接することは出来ない。

だって素直じゃない自分が……すっかり染みついてしまっているんですもの。

だったらこのまま……猫のままで、ずっと……。

それは出来もしないことだけれど。

いつかは解けてしまう魔法。解かなければいけない魔法なのだけれど……。

ロザリアはしばらく考え、またオスカーを見上げて切なそうに「……にゃあ」と小さく鳴いた。

 

「……ん」

もぞもぞとオスカーは身体動かすと、サイドテーブルに腕を伸ばした。そして時計を取ると目の前にかざし、まぶしそうにうっすらと目を開けて時計の針を見つめた。

「…………そろそろ起きなきゃな」

欠伸をかみ殺すと、オスカーはうーんと腕を横に延ばして伸びをした。と、その左腕が隣にいる柔らかな身体にぶつかり、オスカーは「っと。ごめんな、ブルーアイ」と呟いてちらりと目線を横に向けて、そのまま固まった。

「…………お、……じょう……ちゃん?」

すやすやと気持ちよさそうに眠っていたブルーアイ=ロザリアは、オスカーの伸ばした腕に肩を叩かれたはずみで、もぞもぞと身体を動かしていた。やがて、ゆっくりと目を開けると、起き上がって自分を凝視しているオスカーを不思議そうに見上げ、小さく首を傾げた。

「……どうしたんですの、オスカー様」

ロザリアが首を傾げた途端、首輪に付けている鈴がリリンと小さく鳴った。が、その音ではなく、自分の口から漏れた言葉が猫の鳴き声ではなく人間の言葉になっていることに気がついて目を見張ったロザリアは、オスカーを無言で見上げ、やがて彼が固まったように自分を見下していることに気がついて、視線を自分の身体に向けた。

「わっ! 見るな、ロザリア!」

「きゃっ!」

叫ぶとオスカーは素早く上掛けを引き剥がし、彼女の身体の上にばふっと投げるようにかけた。が、その行動で事態を察したロザリアは、上掛けの端を掴んだままベッドの端に素早く移動し、これ以上ないと言うくらい真っ赤になって叫んだ。

「み、見ましたわねっ!」

「見てないっ! ……いや見たが……けどこれは偶然が生み出した事故だ。故意にやったわけじゃないぜ!」

「事故でも故意でなくても見たのは事実ですわっ! ああ、なんてことっ!」

「って、あのな」

ここまできて、やはりオスカーの方が先に冷静になったらしい。真っ赤な顔で涙目になって縮こまっているロザリアを振り返り、困ったような笑みを浮かべた。

「昨夜俺の隣にいたのは、白くて愛らしい子猫のブルーアイだった。なのに、なんで今朝になったら君が隣にいるんだ?」

訊いてはいるが、もちろんオスカーにはその理由はわかっている。ロザリアの首についた鈴が、彼女が呼吸するたびにリンリンと小さく鳴っているのを見れば、からくりはどうであれ、あの子猫が実はロザリアだったというのは明白だ。

「……そ、それは」

「まさか、自分が飼っていた猫にヤキモチを妬いたのか? 自分の代わりにオスカー様の隣で寝るなんて生意気よ!って」

「ちっ、違いますっ!!」

叫んで顔を上げると、いつの間にかオスカーが、自分のすぐ前に来ていることに気がついて、ロザリアは思わず息を飲んだ。

目も真ん丸に見開いて彼を見つめているその瞳がが、昨夜まで屋敷にいた小さな子猫のそれと同じことを確認したオスカーはふっと微笑むと、ロザリアの唇にそっと触れる程度の軽いキスをした。

「!!」

そしてまた顔を赤らめるロザリアに向って囁いた。

「また引っ掛かれたら困るからな。今日はこれくらいで勘弁してやる」

「……オスカー様」

消え入りそうな声で呟くロザリアを上掛けごとそっと抱きしめて、オスカーは穏やかな笑みを浮かべた。

「お帰り、俺のお嬢ちゃん。……心配したんだぜ?」

「…………ごめんなさい」

 

ほんの少し素直になったオスカーの小さな子猫は、彼の腕の中で軽く身じろぐと、そろそろと腕を伸ばしてオスカーの背中にそっと触れた。