「……なぜここに来た?」
「……それは俺自身が自分に聞きたいですよ」
一週間ぶりの休日(とは言っても、ほとんど毎日休日のような生活ぶりだが)を朝早くから邪魔され、しかも訊ねて来た相手が二番目に嫌いな相手であるので余計に、不機嫌さを顕にしてクラヴィスは、ちろりとオスカーを睨んだ。
「自分の行動すら読めぬようになったとは……まぁいい。用件があるなら早く言え、私は忙しい」
「思いきり朝寝坊して、ようやく今起きていらっしゃったのに、いったいどこが忙しいんです?」
「……ふん。細かいことを」
ぼそりと呟くと、クラヴィスは窓際にある机に向かい、飾ってあった水晶球を持ち上げて物憂げに振り返った。
「まぁ、大体の想像はつくがな。……まだあれが見つからないのであろう?」
「ロザリア、です!」
自分の所有物みたいな言い方すんなよこの暗黒大魔王!とオスカーは心の中で悪態をつくが、表情には出さずにクラヴィスを見返した。
「王立研究院でもあれこれ手を尽くしましたが、どうにも足取りが掴めず一週間が経ってしまいました。そこで、(大変不本意ですが)ここはクラヴィス様のお力もぜひお借りしたいと思いまして、朝早くから(なのにあんたが起きなくて、もうすっかり昼になっちまいましたが)参上したというわけです」
「……なるほど……な」
ふむ、とクラヴィスは呟き、ついでふっと口元に笑みを浮かべてオスカーに背を向けた。
「……一週間経ったか。ならば……私の力はもう必要なかろう」
「は?」
首を傾げるオスカーを振り返りもせず、クラヴィスは面倒くさそうに手を振った。
「……もう探す必要はないと言っているのだ。……お前も、目に見えるものだけを見たり、剣の腕を磨くだけではなく、もう少し物事の本質を見るよう心がけ、心の目もきちんと磨くのだな……」
「……なんなんだ、あの言い草は!」
私邸に戻ると、オスカーは怒鳴りながらマントを乱暴に外してベッドにほおり投げた。
「俺は休日も返上して探してるんだぞ!? なのにどうだ、自分は昼過ぎまでぐーすか眠ってて、ようやく起きたと思ったら『もう探さなくてもいい』だと!? だったら、彼女がいまどこにいるのか教えてくれってんだ!!」
どさりと乱暴にベッドに腰掛けると、最近満足に眠っていないために軽く痛む頭を押さえ、溜息をつく。
「……にゃあ?」
すっかり聞きなれた鳴き声にオスカーは顔を上げ、じっとこちらを見ている子猫に小さく笑いかけた。
「どうしたブルーアイ。……ん、その首輪はどうしたんだ?」
オスカーが問いかけると、ブルーアイは首輪に付いた鈴をリンリンと鳴らしながら駆け寄り、彼の足下にちょこんと座って「ふにゃあ」と鳴いた。
多分彼女は、首輪の送り主の名前をオスカーに告げているのだが、それはオスカーにはわからない。
その事が妙に寂しく感じられて、オスカーは子猫を黙って抱き上げると、その目を覗き込んで苦く笑った。
「……なぁ、ブルーアイ。どうしてお前はしゃべれないんだろうな。お前が言葉を話せたら……彼女が何を悩んでいたのか、何故俺の前から消えてしまったのかを、お前は……教えてくれたかな」
オスカーの気持ちに反応したのか、ブルーアイは申し訳なさそうにうつむく。
「お前のご主人は、頑固で意地っ張りで強がりで……けど本当は、人一倍頑張り屋で寂しがり屋なんだよ。それを俺は知っていたのに……何の力にもなれなかったなんて……間抜けだな、俺も」
「……にゃあ」
ブルーアイは消え入りそうな声で鳴くと、ぶんぶんと首を振った。その度に、首に飾った鈴が揺れて、リンリンと軽やかな音が響く。
「それは違う」と否定するような彼女の動きに、オスカーはふっと微笑むと「慰めてくれてありがとうな、お嬢ちゃん」と囁いて、子猫の額にそっとキスする。
そして子猫が嫌がらずに、自分をじーっと見つめていることに気がついて、目を細めて笑った。
「……ようやく俺も、君のお気に入りになれたみたいだな」
「……ふにゃ」
ブルーアイは小さく鳴くと、身体を精一杯伸ばして、オスカーの頬をぺろっと舐め、すぐに恥ずかしそうに身体を縮めた。そして驚いているオスカーの手からもぞもぞと抜け出すと、すとんと地面に降り、ととっと足早に扉の方へ駆け出した。
「……ブルーアイ!」
オスカーに呼ばれ、子猫は立ち止まると首だけくるりと振り返った。もうさっきの行動など忘れたように「忙しいのになんなの?」と言いたげなその仕草が、やはり飼い主を彷彿とさせオスカーの笑みを誘った。
「今晩は寒くなるらしい。寒くて寂しくて一人で眠れそうにないから、君が一緒にいてくれると嬉しいんだが…」
するとブルーアイは、しばらく考え込むようにオスカーの顔をじっと見つめ、やがてふいっと顔を背けて、そのまますたすたと扉の向こうへ消えていった。
「……さすがに、そこまではまだ早かったか」
子猫の態度に軽く笑いながら、オスカーは立ち上がると彼女の後を追い、扉の方へゆっくりと歩き出した。