「はい、ブルーアイちゃーん。アーンしてごらん♪」
「……子供じゃあるまいし、するわけがないだろう」
憮然としているオスカーの目の前で、オリヴィエが揺らす小魚を目で追ってた子猫は、やがてひょいっと後ろ足で立ち上がり、ぱくっと小魚を口に銜えた。
「わ! 良く出来ました?! んー、いい子だね、可愛い?ッ♪」
オリヴィエは大げさに歓声を上げると、子猫をひょいっと持ち上げぎゅっと抱きしめたかと思うと、すりすりと頬擦りをした。
それを見た途端、オスカーはさっと顔色を変え、テーブルの上に身を乗り出す。
「オリヴィエッ! なに調子に乗ってるんだっ!」
叫ぶと彼の手から素早く子猫を奪い返し、驚いて目をきょとんと見開いているブルーアイを見下して、ようやくはっと我に返った。
「なによぉ。アンタこそなに? 子猫にまで独占欲持ってるわけ?」
呆れたように呟くオリヴィエに、オスカーはきまり悪そうに「あ、い、いや……」と言葉を濁しながら、子猫をテーブルの上にそっと乗せた。
再び自由を取り戻したブルーアイはほっと溜息をつくと、今度はテーブルの反対側で優しく微笑んでいるリュミエールの元へととっと走り寄り、彼の顔を見上げて「にゃーん」と鳴いた。
「大丈夫ですよ、このお二人は喧嘩をしているのではありませんから」
リュミエールに優しく背中を撫でてもらい、ブルーアイは嬉しそうに目を細めて彼の身体にすり寄った。
その様子を、またも恨めしそうに目を細めて睨んでいるオスカーを見ながら、オリヴィエは肩をすくめた。
「アンタさぁ、ホントどうしたっての? 相手はたかが猫じゃないか。なのになんで、リュミちゃんを食い殺しそうな目で睨んでるのさ」
「……ただの猫じゃない」
「え?」
「オスカー!?」
「……!」
アンジェリークからすっかり事情を聞きだしたオリヴィエとリュミエール、それにブルーアイことロザリアは、オスカーの言葉に一瞬身体を強ばらせた。
『まさか、こいつ……』
『考えてみれば、いつも一緒にいるですから』
『……き、気がつかれたのかしら……?』
「ブルーアイはただの猫なんかじゃない……ロザリアの飼っていた子猫なんだ。だから、俺にとっては特別に決まってる! 独占欲をもって何が悪いんだ?」
開き直るオスカーに対し、ガクッと脱力してテーブルに突っ伏すオリヴィエとは対象的に、リュミエールはふっと柔らかい笑みを浮かべ、ブルーアイは身体を縮め、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「……アンタさぁ」
しばらくして、テーブルに突っ伏していたオリヴィエが首を起こし、オスカーを呆れ顔で見上げた。
「そういう台詞、直接あの子に言ってあげりゃいいじゃないか。ここで私らに力説したって、大爆笑してやるだけだよ?」
「言ったさ、『君は特別だ』って何度もな。だが、彼女はちっとも信じちゃくれなかったんだよ」
ふんっと鼻を鳴らすと、オスカーは頬杖を突いて眉間に皺を寄せた。
「オスカー様の美辞麗句は、いい加減聞き飽きましたわ、だとさ。本気だなんてまるで信じちゃくれなかった」
『え、あれ、本気だったんですの!?』
驚いて顔を上げるブルーアイにちらりと視線を向け、すぐにオリヴィエはオスカーに向き直った。
「日ごろの行いが悪いんだから仕方がないだろ。ま、自業自得ってやつだね?♪」
「……この野郎」
むすっとするオスカーを見ながら、リュミエールが慌ててフォローを入れる。
「た、確かにオスカーの普段の行いには、色々問題もあるでしょうが……でも、貴方が本気でおっしゃっていたのならきっと……きっといつかは彼女に伝わるはずです」
「……リュミエール」
リュミエールはにっこりとオスカーに微笑むと、側にいるブルーアイの頭をそっと撫で、彼女に言い聞かせるように言葉を続ける。
「まったく違う人間が、相手の真の心を理解するには時間がかかります。けれどお互いが相手を思いやり、慈しんで歩み寄れば、必ずや誤解やわだかまりは消え、理解しあえるはずです」
ブルーアイはじっとリュミエールを見上げ、次いでちらりとオスカーを振り返った。と、言葉を切ったリュミエールは、にっこりと笑いながらブルーアイをそっと抱き上げて立ち上がり、オスカーの隣に歩み寄ると、彼の腕に子猫を託した。
「お互いに少しづつ努力をして下さい。ほんのちょっとの勇気を持って、素直になって下さい。そうすれば……相手の本当の姿が、必ず見えてくるはずですよ」
「リュミちゃんさぁ、あんな事言ったら、アイツ気がついたかもしれないよ?」
オリヴィエはそう言うと、皿の上に乗っていた小さなクッキーを指で摘んだ。
「そろそろ気がついてもいいのではないですか? ロザリアも、自分の本当の気持ちに……」
「なに、リュミちゃんってあの二人応援してるの? あんなケダモノに、可愛いロザリアを獲られちゃっていいの?」
オリヴィエが身を乗り出すと、リュミエールは困ったように笑った。
「そんな、獲られるだなんて。……わたくしはただ、オスカーにもロザリアにも幸せになってもらいたいのです。心を通わせ合うことがあの二人にとっての幸せならば、わたくしは喜んで応援しますよ」
「……リュミちゃんてさ、時々すごい大人だよね」
オリヴィエは呟くとクッキーを皿に戻し、うーんと伸びをして空を見上げた。
「あーあ、もう少し内緒にしてて観察してようと思ったのになぁ」
「そうは言っても、あと一日で効き目は切れてしまうのですから……その後どうするかは、二人に任せるしかありませんよ、オリヴィエ」
つまらない、などと言いながらも、もう二人の邪魔をする気などなくなったオリヴィエに向って、リュミエールは聞えないようにこっそりと「貴方ももう少しだけ、オスカーに対して素直になればいいのでは?」と呟いて、くすっと笑った。