今日も今日とてオスカーは、ブルーアイを連れて執務室への廊下を急いでいた。
「あ。こんにちは、オスカー様!」
オスカーが振り返ると、駆け寄ってきた最年少の後輩はその場にしゃがみ、自分を見上げる子猫をひょいっと抱き上げて破顔した。
「おはようブルーアイ。ふふっ、今日も可愛いね」
「にゃあ」
子猫が一声鳴くと、マルセルはその鼻の頭にちょんと軽くキスをする。するとブルーアイはくすぐったいのか、身体を少し捩らせた。が、マルセルの頬に何度も頬擦りしているところを見ると、どうやらまんざらいやでもないらしい。
それがなんとなく気に入らなくて、オスカーは軽く眉をひそめながらマルセルの隣にしゃがむ。
「なんだお前、マルセルだと嫌がらないんだな。俺が触ると逃げ回るくせに」
「オスカー様が乱暴に触るからじゃないんですか? この子、とってもデリケートみたいだから、優しくしてあげなきゃダメですよ」
「失礼な。これ以上ないってくらい優しくしてるぜ」
心外だとばかりに自分の膝に肘を置いて頬杖をつくオスカーをちらっと見、マルセルはブルーアイに向き直って問い掛けた。
「本当、ブルーアイ? オスカー様は君に優しくしてくれてる?」
「なぁーお」
「ほら、とても優しいって言ってる」
自分に都合のいい解釈をして自慢げに鼻を鳴らすオスカーを目を細めて睨んだ後、マルセルはブルーアイの身体を自分の顔の前まで持ち上げ、彼女の目を真正面から見つめた。
「ブルーアイ、正直に言っていいからね。本当にオスカー様は優しい?」
するとブルーアイは、オスカーを見、次にマルセルを見てから「うーーーにゃ?」と鳴いて首を傾げた。それがなんだか「そうでもないかも」と言っているように思えて、オスカーは慌て、マルセルは納得したようにうなずく。
「お、おいブルーアイ!」
「うーん、そっかぁ。やっぱりね」
「やっぱりってなんだよ!」
憮然とするオスカーを残し、マルセルは子猫を両手で抱いたまますっくと立ち上がった。
「じゃあさ、僕んちにおいでよ! 僕のお家はね、お庭に綺麗な花がいっぱい咲いてるから、君に似合う花冠を作ってあげられるよ。それからね、おやつの時間には、おいしいケーキやクッキーもいっぱい食べさせてあげる。チュピや他の動物達もいるからきっと楽しいと思うよ。ね、だから家においで、ブルーアイ?」
そう言われて、ブルーアイはきょとんとした目を向けた。が、すぐに軽く身をよじったので、マルセルは怪訝そうな表情を浮かべながらも、再びしゃがんで彼女を地面に下ろした。
するとブルーアイは、マルセルの顔をじっと見つめてからオスカーに顔を向け、しばらく考え込んでから再びマルセルに向き直った。
「なぁーお」
「え、本当? 僕んちに来てくれるの?」
マルセルが嬉しそうに叫ぶと、反対にオスカーは軽く肩を落とした。そして、自分ががっかりしていることに気がついて、内心驚いていた。
『――こんな小さな生き物の面倒を見るなんて、厄介なことになったと思っていたはずなのに。でもまぁ、考えてみれば俺の家にいるよりはマルセルのところのほうがいいよな。動物の世話をするのも上手そうだし、きっと可愛がってくれるだろう』
そうと決まればぐずぐずと文句を言うタイプでもなかったので、オスカーは「じゃあ、お前に任せたぜ」と言ってマルセルに笑いかけて立ち上がろうとした。と、急にブルーアイがとととっとオスカーの元へ歩み寄り、驚いているオスカーの肩まで一気によじ登ると、ずり落ちないようにマントに爪を引っかけてぶらさがりながら一声鳴いた。
「ふにゃあーん」
「――ブルーアイ?」
引きはがそうと子猫の身体を掴んだが、小さな爪はしっかりとオスカーのマントに引っ掛かっていてびくともしなかった。
「にゃあ、ふにゃあ!」
「――お前」
自分と離されるのを明らかに嫌がっている、とようやくオスカーが気がついた時、ぽかんと見ていたマルセルの顔に微苦笑が浮かんだ。
「この子、オスカー様と離れるのがいやみたいですね。――じゃあ、仕方ないや」
「マルセル?」
オスカーが呟くと、マルセルは顔を上げてにこりと笑った。
「ブルーアイは、本当にオスカー様のことが大好きなんですよ。だから、僕が引き取ってもきっと悲しませちゃうだけだから諦めます。その代わり、ちゃんと可愛がってあげて下さいね」
「だが俺が触ると嫌がるし、甘い言葉を囁いてもそっぽ向くんだぜ?」
「オスカー様、猫にまでそんなことしてるんですか?」とマルセルは呆れたように目を細めたが、すぐにふふっと笑った。
「大好きだから、他の子とおんなじような扱いをされると気に入らないんじゃないかなぁ。違う、ブルーアイ?」
マルセルはひょいっと首を傾げると、子猫の顔を覗き込んだ。
「ちゃんと特別扱いして欲しいんだよね?」
すると子猫は急に押し黙り、やがてマルセルからふいっと視線を逸らすと、オスカーの肩から反対の肩へ逃げるようにたっと走り抜けた。
「いててっっ! お前、人の顔をなんだとっ」
突然顔の上を横切られたオスカーは抗議の声を上げ、マルセルは楽しそうにあははと笑った。
「照れ屋さんだなぁ、君は。本当に、ロザリアそっくりなんだね」
マルセルの的を射た言葉に、子猫は恥ずかしそうに身を縮めて「――にゃあ」と遠慮がちに鳴いた。