magique petit chat

(6)-水の曜日-

『お出かけですの?』

告げるように小さく首を傾げて見上げると、オスカーはそれに気がついて軽く笑った。

すっとその場にしゃがみ込み、子猫の頭に大きな手をふわりと乗せる。

「仕事があるんでちょっと出かけるが、帰ってきたら遊んでやるよ。ああ、それとお前のご主人様も見つけないとな」

『……探さなくても、目の前にいますのに』

呟いたその言葉はしかし、オスカーにはただ猫が喉を鳴らしている音にしか聞こえない。

「黙って姿を消すなんて、そんないい加減なことをするお嬢ちゃんじゃない。きっと、なにかあったんだ」

そう言って視線を逸らして唇を噛みしめるオスカーの様子に、ロザリアは罪悪感を感じた。

『ですから、わたくしはここにおりますわ!』

必死で訴えるのだが、相変わらず自分の口からは「にゃーにゃー!」という鳴き声しか出てこない。

目の前の小さな子猫が不安げに鳴き出したのを聞いて、オスカーは再び視線を戻して寂しく笑い、白い身体を両手でそっと持ち上げると、潤んだ蒼い瞳をじっと覗き込んだ。

「そうだよな。いきなりご主人がいなくなって、こんなところに連れてこられたお前の方が不安だよな」

「……ふにゃぁ」

「大丈夫だ。彼女が戻るまで、俺がちゃんと面倒を見てやるぜ」

「う……にゃうっ!?」

いきなりおでこにキスされたロザリアは面食らって、顔を擦りながら必死で身をよじり、オスカーの手から逃れようともがいた。じたばたと手の中で暴れる子猫を見つめ、オスカーは不思議そうに首をひねる。

「ずいぶんシャイなんだな、お前。はは、飼い主そっくりだ」

目を細めて笑うオスカーの笑顔を至近距離で目撃してしまったロザリアは、さらに狼狽して「にゃーにゃにゃにゃーっっ!」と必死で叫ぶ。

「ああ、わかった。降ろしてやるから、そんなに暴れないでくれ」

「ふにゃっ!」

ようやく床に降ろされるとロザリアは安堵のため息をつき、そのまますたたたっっとソファの後ろに回り込んで隠れてしまった。

だが、オスカーが「悪かったよ。謝るから、出ておいで」と言うと、しばらくして、そーっと顔だけソファの影からのぞかせてオスカーを見上げる。

その、いかにも「わたくし怒っていますのよ!」と言いたげな眼差しに(実際ロザリアはそう思っているのだが)、オスカーは「……本当にそっくりだぜ」と思いながら苦笑を浮かべ、その場に片膝を付いてしゃがむと頭を垂れた。

「ご無礼つかまつりました。なれど、それも全て姫君があまりに愛らしいが故でございますれば、どうかお許しを……」

「にゃ、にゃにゃにゃっ(ふざけてばかりいらっしゃるんだから)」

「お怒りはごもっとも。二度とこのような振る舞いはせぬと誓いましょう」

「う、にゃにゃにゃあー(いつも口先ばかりじゃありませんの。大体この前だって……)」

「ああ、お許し下さるか。ありがとうございます、我が姫よ」

「にゃ? にゃにゃにゃにゃあっ!(え? わ、わたくしまだ許すとは言っていませんわっ!)」

人間と猫では、やはり完全な意思疎通は難しい。ロザリアはまだ不満げににゃーにゃー言っていたが、オスカーにはその言葉はまったく通じず、彼は膝を伸ばして立ち上がるとソファに近付き、ひょいっとロザリアの小さな身体を抱き上げてしまった。

「にゃ!?」

「なんだ、まだ怒ってるのか? しょうがないお嬢ちゃんだな」

そう言ってオスカーは笑うと、子猫の背中に軽くキスをした。

「☆@#×○?!!!」

「仲直りのキスくらいならいいだろ?」

にこっと笑うと、子猫がオスカーの手の中でくるりと身体を反転させ、彼の方へ顔を向けた。

「お。器用だな、お前。……ん?」

ふむ、と感心して油断した途端、子猫がばっと飛び上がりオスカーの顔にしがみついた。

「うわっ!」

「ふにーーーーーっっ!!!!!!」

「いていていていてっ!!!!!!」

 

仏頂面のオスカーの前で、ランディは必死で笑いをかみ殺している。

そんな気配が感じられるものだから、オスカーは益々顔をしかめ、うつむき加減のままドスの聞いた声を発した。

「――何がおかしい?」

「い、いえ! 俺、わ、わらってなんか……」

否定しながらもランディの語尾は震えている。明らかに笑っているのだ。

これ以上笑いを提供するのは心底癪に触るので、オスカーは書類に素早くサインを入れ、ほおり投げるようにランディに手渡した。

「ほら、出来たぜ。早く持っていけ」

「あ、はい。あ、ありがとうございます!」

ランディの方も、早くマルセルやゼフェルにオスカーの様子を話したくてうずうずしながら書類を受け取ると、再びオスカーの顔に視線を向け、また吹きだしそうになったのを慌てて口元を押さえることで堪えると、逃げ出すように扉へ向かった。

だがそこでさっさと出ていかずに、つい親切心を出してしまうのがランディの美点でもあり、致命点でもあった。

「あ、オスカー様!」

「――なんだ?」

オスカーがぶすっとしたまま、すがめ気味に顔を上げると、ランディは扉を開けた状態で振り返り、小さく笑った。

「俺、切り傷によく効く薬を持ってるんで、あとで持って来ますね」

「――そいつはありがとうよ」

「それと――女の人には爪を切っておいてもらったほうがいいですよ」

「余計なお世話だ馬鹿野郎! 早くそれ持って出てけっ!!」

「は、はいすみませんっ!!」

慌てて逃げ出す後輩の背中を立ち上がって睨み付けていたオスカーだったが、やがてどすんと椅子に座り直し、出来立てほやほやのひっかき傷をそっと撫でた。

「くそ。薬だけもらっておけばよかったぜ――いててっ!」