「この猫か?」
ジュリアスはまるで品定めするように、じーっとオスカーの腕に抱かれた白い子猫を見つめた。
ただ本人にはまったくそんなつもりはなくとも、あの目で真剣に見られると、結構怖い。なので、不本意にも白い子猫となってしまったロザリアは委縮して、思わず身体を強ばらせる。
と、そんな彼女の緊張がオスカーにも伝染して、彼もまた子猫を抱いたままジュリアスの前で、硬い表情を浮かべていた。
「しかし、ロザリアが猫を飼っていたとは聞いておらぬ。私にはなんでも相談せよと言っておいたのだがな……」
ジュリアスが怪訝そうに首を傾げると、ロザリアもそれにつられてくいっと小首を傾げた。その仕草がなんとも可愛らしく、ジュリアスはつい口元に笑みを浮かべ、場の雰囲気がふっと和んだところでオスカーに視線を向けた。
「アンジェリークがそなたに託したそうだが、猫を飼うのが得意なのか?」
「いいえ、あいにく猫を飼ったことはありませんが」
だからアンジェリークに渡されたところで処置に困り、こうしてジュリアスのところへ来たわけである。
が、オスカーは、先程ジュリアスが何の気なしに呟いた言葉が引っ掛かっていたので、少しばかり困惑した表情を浮かべていた。
『――なんでも相談しろと言っていただって? ジュリアス様、貴方もなかなか侮れませんね』
「意外なところにライバルが――」と視線を逸らして考え込んでいると、不意にジュリアスがオスカーに向って手を差し出した。
「? ジュリアス様?」
「そなた、猫を飼ったことはないのだろう? ならば仕方がない、私がその者を預かるとしよう」
「は? そ、それはありがたいお申し出ですが……」
オスカーが面食らって思わず子猫を抱く腕に力を込めると、ロザリアは苦しそうに身を捩って「にゃあ!(苦しいですわ!)」と叫んだ。
「あ、ああ、すまない!」
慌てて子猫に謝ると、オスカーは改めてジュリアスに向き直った。
「確かに、ジュリアス様に面倒を見ていただけるのなら、私は楽になります。が、失礼ながらジュリアス様、猫をお飼いになったことが…」
「おありなのですか?」と続けようとするオスカーの言葉を、ジュリアスはぴしゃりと遮った。
「あるわけがなかろう」
「……は?」
『なら、どうしてそんなに自信満々に「引き取る」なんて言うんだ、この人は? まさか……ロザリアの飼い猫だからか?』
オスカーが下衆な勘繰りをしていることなど思いも寄らないジュリアスは、驚いた風もなく当たり前のように言い切った。
「猫も馬も動物であることに変わりなかろう。馬の世話ならば慣れているから、猫もそう変わらず面倒を見ることができよう」
「いや猫と馬とは全然違いますから」
思わずツッコミを入れてしまい、はっとなって口を押さえたオスカーだったが、ジュリアスは別に気にした様子もない。
「そう言われれば……そうかもしれぬ。うむ、そもそも身体の大きさが違うな」
ふむ、とジュリアスは考え込み、ややあってからオスカーの肩を軽く叩き、残念そうに眉をひそめた。
「オスカー、すまぬ。考えたら我が屋敷には、あいにくと馬の体格に合う厩舎しかないのだ。今から猫用のものを用意するとなると……」
「ありがたいお言葉ですが、今回はジュリアス様のお心遣いだけお受けして、やはりこの子猫は我が家で預かることにいたします」
オスカーが引きつった笑みを浮かべると、ジュリアスはふっと表情を和らげた。
「そうか。手回しが良いな、オスカー。やはりそなたは頼りになる」
「あ、ありがとうございます」
のんびりしていると「だが、そなたいつの間に猫の厩舎など作ったのだ?」と聞かれかねなかったので、オスカーは子猫の頭を撫でながら、早々にジュリアスの部屋を辞した。
「……おかしい」
オリヴィエの呟きに、リュミエールは首を傾げた。
「なにがですか?」と、オリヴィエはリュミエールに向き直って、テーブル越しに詰め寄らんばかりに顔を近づける。
「だってさぁ、ロザリアが猫を飼っていたなんて私はひと言も聞いてないんだ! 大体、アンジェリークと違ってあの子が女王試験の真っ最中に動物なんて飼うわけないじゃない。『そんな暇があったら、参考書を一冊読む時間にあてますわ』っていうのがオチだと思わない?」
「それは確かに。しかも、その世話を放棄していなくなってしまうなど、彼女らしからぬ振る舞いですね」
「でしょ?」
リュミエールの同意を取れたオリヴィエは眉をひそめたままうなずく。
「それにね、百歩譲って私達が気が付かなかったのはいいとしてもさ。同じ寮に住んでるアンジェとか、あまつさえロザリアのばあやさんが気がつかないわけないじゃない。うん、どう考えたっておかしいよ!」
「もしもアンジェリークが気がついていたとしたら……今まで黙っているはずがありませんしね」
「良くも悪くも、彼女は開放的な方ですから」と言いながら、リュミエールは軽く微笑んでティーカップに手を伸ばす。
「そうそう、あの子がそんな面白いことに今まで気がつかなかったなんてありえないし、黙ってるなんてもっとありえないもんねー♪」
キャハハと楽しそうに笑うオリヴィエだったが、リュミエールが紅茶を口に運んだ途端、いきなり真面目な顔になった。
「だからさ、私達で真相究明しない?」
「は? ですが、それは王立研究院とオスカーが…」
「研究院はともかく、あーんなにぶちんな男に真相なんて掴めっこないって!」
「に、にぶちん??」
オリヴィエの言葉にリュミエールはあやうく紅茶を吹き出しそうになり、慌てて口をハンカチで押さえた。
「そ、にぶちんの無自覚男。女の子にもてるのが自慢みたいだけど、実際は一番大事な女の子の気持ちすらぜーんぜんわかってない最低男なんだよ、アイツ」
さんざん貶して呆れたように肩をすくめるオリヴィエだったが、言葉とは裏腹に、彼がオスカーのことを人一倍心配しているのを知っているリュミエールは、ティーカップをそっとテーブルに戻すと柔らかく微笑んだ。
「そうですね。オスカー独りでは手に余ることもあるでしょうから、わたくしたちも手助けして差し上げましょうか」
「リュミちゃん言っとくけどね、私はなにもオスカーのためにやるんじゃないよ。独りで泣いてるかもしれない、私の大事なロザリアのためにやるんだからね」
「ふふっ、そういうことにしておきましょう」
リュミエールの何もかも心得ていると言わんばかりの態度に、オリヴィエは軽く眉をひそめた。が、ここでリュミエールと言い争いをしても不毛だし意味がないので、小さくため息をつくとカップに残っていた紅茶を一気に飲み干して、すっくと立ち上がった。
「そうと決まったら、こんなところでのんびりしてる暇はない。行くよ、リュミエール!」
「え? どこへですか?」
「そうだねぇ。まずは……犯罪捜査の鉄則その一。第一発見者を疑え、ってね」