「……どうですか?」
アンジェリークの問いかけに、サラは「……黙って」と小さく囁いて、口元に人差し指を当てた。しばらくして、彼女が手を翳していた水晶球の中に白く濁ったような模様が浮かび上がった。
「……サラさん?」
再度アンジェリークが問い掛けると、サラは数秒黙り込み、やがてにっこりと笑ってうなずいた。
「ええ、貴女のいう通りだわ。二人の親密度は最高値に達しているわよ」
「やっぱり――っ!」
嬉しそうに叫ぶと、アンジェリークは小さくガッツポーズをする。まるで我が事のように喜ぶ女王候補の様子に、サラは思わず苦笑した。
「まるで自分のことみたいね、アンジェリーク」
「そりゃそうですよ。だってあの二人、絶対に両思いだって思ってたんですもん。でも、オスカー様はあの調子だし、ロザリアは素直じゃないし。もしかしたら私の思い違いかなって心配だったんです」
よかった?と胸をなで下ろすアンジェリークに、サラはにっこりと笑った。
「じゃ、こんな小道具は使わなくて良いわね?」
が、アンジェリークは途端にぶんぶんと首を振って、サラに手を差し出した。
「いえ、それは下さい!」
「だっていま、両思いだってわかって安心したんじゃないの?」
「占いでは確かにそうですけど、告白しなかったら本当の両思いじゃないじゃないですかぁ。だから、それを使ってきっかけを作ってあげるんです!」
そう言うと、アンジェリークはサラの手の中にある小さな箱を覗き込んだ。
「でも、それって毒とか身体に悪いものじゃないですよね?」
「大丈夫よ。舐めたことはないけれど、製造元の説明では味もストロベリーだから、なかなかいけるみたい」
「わぁ!」
目を輝かせて手を伸ばすアンジェリークをさっと躱し、サラは呆れたように呟いた。
「って、貴女が舐めてどうするの」
「そうですけどぉ。……一口だけ、ね?」
「ダメよ。変身したいの?」
「あ、そうか。うーん、残念」
本当に残念そうに溜息をつく少女の様子に、サラは思わず吹き出しながら、アンジェリークの手をとって小箱をそっと握らせた。
「効き目は一週間。今日舐めたら、元に戻るのは次の日の曜日の夜12時。副作用はないはずよ」
「なんだかシンデレラみたいですね?」とほわんとした笑顔を浮かべながら、アンジェリークはこくりとうなずいた。
「……別にいらないわよ」
アンジェリークの差し出す『願いがかなう飴』を疑わしげに見下しながら、ロザリアはぽつりと呟いた。
「そんなこと言わないで。ね、一緒に試してみようよぉ。舐めるだけなんだからぁ?」
「……」
しばらく無言で眺めていたが、やがてロザリアは視線を逸らしてティーカップを手に取り、優雅に口元に運んだ。
「やっぱり遠慮しておくわ。試したいなら一人でどうぞ」
「ロザリアのいじわる?っ。いいもん一人でお願い叶えちゃうからね!と言いながら、アンジェリークはぽんっと口の中に手元の飴を放り込んだ。そして嬉しそうに目を細める。
「わー、甘くておいしーっ?、幸せ?っ」
「それはよかったわね」
言うとロザリアは、ティーカップをテーブルに戻して小さく溜息をついた。
「そんな飴一つで幸せになれるなんて、お手軽でいいこと」
「ロザリア、こっち向いて?♪」
「なに?」
ロザリアが顔を上げると、アンジェリークはにこっと笑い、素早く手を動かしてぽんっと彼女の口に飴を投げ込んだ。
「!?」
「えへへ。甘いでしょ? これでロザリアのお願いも叶うよ」
「ア……アンフェリーフ?」
「あー、吐きだしちゃダメよ!」
言われてロザリアは反射的に口を閉じ、慌てていたために飴をそのままごくんと飲み込んでしまった。
「…………けほっ」
「……あーーーっ、もしかして飲んじゃったの? 甘くておいしかったのにもったいなーい。ちゃんと味わわなきゃ?」
「…………ア、アンジェリークぅ――?っ」
ロザリアがふるふると小刻みに肩を震わせているのを見たアンジェリークはようやく事態に気がつき、素早く立ち上がると引きつった笑みを浮かべながら部屋の入り口へ素早く移動した。
「あ、もうこんな時間だ! 明日は早いからもう寝るねロザリアおいしいお茶をありがとうじゃあお休みなさーいっっ!」
言うやアンジェリークは扉を開け、あっという間に扉の向こうに消えてしまった。
――朝になって。
アンジェリークは扉を忙しなく叩く音に起こされ、寝ぼけ眼をこすりながらベッドから立ち上がった。
「はーい、はい。いま開けますぅ――。ロザリアどうしたの? 今朝は随分らんぼー……」
「アンジェリークさんっ! ロ、ロザリアお嬢様が……っ!」
「あ、れ? ばあやさん?」
まだぼーっとしているアンジェリークにかまわず、ロザリアの乳母は彼女の腕を取ってぐいぐいと引っ張り、ロザリアの部屋へと向う。
「いつものようにお起こししようとしたら、お嬢様がいらっしゃらなくて。でも、こんな朝早くから断りもなしに出掛けられる方ではありませんので、もしかしたら何かのはずみでベッドから落ちてしまわれたのかと思いまして、近付いてみましたの。そうしたら上掛けの中で何かもぞもぞ動いているのですよ。気味が悪いし、なにより恐ろしゅうございましたけれど、お嬢様にもしも何かありましたらと思って、思い切って上掛けを外してみたら……」
乳母がそう言いながら、ロザリアの部屋の扉を開ける。その中を覗き込んだアンジェリークは、部屋の奥にあるベッドの上にちょこんと乗って呆然としている生き物を見て歓声を上げた。
「きゃーっ、可愛いいいっっ!!」
大声に怯んだ老婦人と扉の間を脱兎のごとくすり抜けてロザリアのベッドに駆け寄ると、アンジェリークは小さな生き物をひょいっと持ち上げて頬をすり寄せた。
「いやん、いやーん、可愛いーっ! きゃーん、柔らかーいっ!」
「にゃあにゃあにゃあっ!」
アンジェリークにぎゅっと抱きしめられた小さな生き物=真っ白な子猫は、苦しさと驚きで手足をじたばたと動かして逃れようと足掻いた。
「にゃあにゃあん!(苦しいわ、アンジェ!)」
「あ、ごめん。でもロザリア、可愛いんだもん♪」
「うにゃうっ! にゃにゃにゃあっ!(わたくしのことがわかるってことは、やっぱりあんたが犯人なのねっ!)」
「もうっ、そんな歯を剥き出して怒っちゃダメだよ。せっかく可愛いいんだから」
「にゃおっ! ふにゃふにゃふにゃあっ!(馬鹿言ってないで早く元に戻しなさいっ!)」
「大丈夫だって、ちゃんと元に戻れるから。今から連れてってあげるね」
「うにゃ?(どこへ行くつもり?)」
「うふふ、お姫さまの呪いを解くのは王子様って決まってるじゃない♪」
「ふにゃあ?(え、ど、どういうことよ!?)」
ちなみに、アンジェリークが猫語を理解しているわけではない。なのに、何となく会話がかみ合ってしまうところが、彼女のすごいところである。
大層楽しそうに猫と戯れているアンジェリークを呆然と見ていたロザリアの乳母に向かって、彼女はにっこりと微笑んだ。
「心配しないでばあやさん。ロザリアはちょっと用事があって出かけたんだけど、でもすぐに戻ってきます。だから私を信じて、それまでは息抜きだと思ってのんびりしててください。あ、あと、この子ロザリアが飼ってたんですけど、ここには置いておけないので預けてきますね♪」
「……え?」
『ロザリアお嬢様が猫を飼っていたなんて!? ずっとお側にお仕えしていたのに、そんな事にすら気がつかなかったとは、なんとうかつな…』
私は乳母失格だと悲嘆にくれてよよよと泣き崩れ、ロザリアが戻ったら暇をとろうと考えている乳母を残して、アンジェリークは軽やかに階段を降り始めた。