「だ、か、ら! さっきから、どうしていちいちオスカー様の名前が出てくるのっ! わたくし、あの方とは女王候補と守護聖という以上のお付き合いはまったくないのよっ!」
「うそぉ?。だってあんなに仲良いじゃない。デートもよくしてるし、育成だって熱心にしてくれてるし」
「それがあの方のお仕事でしょうっ! 当たり前のことをお互いにしているだけじゃないのっ!」
「そうかなぁ。でもわたしだけじゃなくて、ロザリア達のこと恋人同士だって思ってる人、沢山いるよ?」
「誰よ?」
いぶかしげにロザリアが訊ねると、アンジェリークは顎に人差し指を当てて小首を傾げた。
「んとね、ランディ様でしょ。それからルヴァ様にマルセル様に……」
「みんなあんたと仲のいい方々じゃないのっ! あんたが吹き込んだだけでしょうっ!」
「吹き込んでなんかいません?っ。『今日もオスカー様がロザリアを誘いに来たんですよ。あの二人、仲良いですよね』って、お出かけした時にお話してるだけだもん」
「そういうのを吹き込むっていうのっ!」
鋭く小声で叫ぶと、ロザリアはがっくりと肩を落として溜息をついた。
「あんたのそのたくましい想像力、もしも育成に向けられたら、わたくしは到底太刀打ちできないわね」
「えへっ。ロザリアに褒められちゃった♪」
「馬鹿にしてるのよっ!」
ロザリアが叫んで再び立ち上がった途端、アンジェリークが突然「あ!」と呟いて目を大きく見開いた。
「なに? どうしたの?」
怪訝に思ったロザリアが首を傾げてアンジェリークの顔を覗き込むと、すぐに彼女ははっと我に返って、困ったように眉尻を下げた。
「あ、ううん。なんでもない。ちょっと、ね」
にへらっと笑うライバルの態度に、ロザリアはいまだ表情を固くしたままだ。するとアンジェリークは、右手で軽く頭を掻き、照れ臭そうに笑いながら口を開く。
「んとね、えっと……昨日ロザリアに教えてもらった部分の復習、全然やってなかったって思い出しちゃって……」
えへっ、と誤魔化すように笑うアンジェリークの態度に、ロザリアは呆れて溜息をついた。
「あんたねぇ、あれだけしっかり見直しておきなさいって言ったでしょう? 聞いてなかったの?」
「ううん、ちゃんと聞いてたよ。だからごめんって」
「もうっ。だったら、こんなところでのんびりとお茶してる場合じゃないわ。ほら、行くわよ!」
「い、行くって?」と言いながら、なんとなく予想して顔を引きつらせるアンジェリークの腕を掴むと、ロザリアはきっぱりと言い切る。
「なにとぼけているの、寮に戻るに決まっているでしょう! 復習していないって事は、どうせ明日の予定も何も立てていないんでしょう? のんびりお茶を飲んでいる場合ではなくてよ!」
「えーん、やっぱりぃ!」
涙声になったアンジェリークを無視し、ロザリアは彼女の腕を掴んだまま、くるりと踵を返した。
「あ、ロザリア、ダメッ!」
「え?」
アンジェリークの悲鳴のような叫びに、ロザリアは思わず踏み出した足を止める。そのまま正面を向くと、ちょうどカフェテラスの隣を通りすぎようとしていた男女二人連れの姿が目に入り、その途端、彼女の身体が硬直した。
「オ、スカー様…」
唖然と呟いて立ち尽くすロザリアの顔を不安げに覗き込んでから、アンジェリークはむうっと口をヘの字に曲げて目の前の男を睨んだ。
「……こんにちは、オスカー様」
「よう、お嬢ちゃん達。どうした? 今日は女同士でデートか?」
「ええ、まぁ。……オスカー様は『今日も』女の人とデートですか?」
「まぁな」
棘のあるアンジェリークの言葉にも、オスカーは動じた様子もなく、隣に並んだ栗色の髪の女性(アンジェリークの記憶だと、確か王立研究院のオペレーターの一人だったはず)の腰に手を回して、彼女がほんのりと頬を染めるのを目を細めて見つめた。
「こんな気持ちのいい昼下がりに、部屋に隠っているのも野暮ってもんだろう? だから、彼女に無理を言って付き合ってもらうことにしたんだ」
「そんな。私の方こそ、オスカー様に誘っていただけるなんて、それだけでもう……」
「そう言ってもらえて嬉しいぜ。君の気晴らしにもなったのなら、俺も誘った甲斐があったというものだ、レディ」
言うと、オスカーは小さく微笑んだ。
「これに女の人は騙されちゃうのよね」とアンジェリークが苦々しく思っていると、案の定、彼女は目を潤ませてぽーっとなっている。
「……行きましょう、アンジェリーク」
突然、今まで黙っていたロザリアの口から小さな呟きが漏れた。
「え?」とアンジェリークが驚いてロザリアを覗き込むと、彼女はすっと顔を上げてオスカーを見つめた。
「申し訳ありませんが、オスカー様。わたくし達、急いでおりますので、道を空けていただけますか?」
「ん? あ、ああ」
オスカーは呟くと、連れの女性を伴ったまますっと身体を引いた。その前を、ロザリアはアンジェリークの腕を掴んで固い表情のまま、軽く会釈をしてさっと通り抜けた。
「ああ、そうだ。蒼い髪のお嬢ちゃん!」
足早に遠ざかっていく女王候補二人の背中に向って、オスカーはその場に立ち止まったまま声をかける。
「明日、午前中は少し予定が入っていて執務室にいないんだ。だから来るんだったら、午後にしてくれないか!」
するとロザリアはぴたりと立ち止まったが、振り返らずに背中を向けたまま、吐き捨てるように返事を返してきた。
「どうしてそんな事をわざわざおっしゃいますの? わたくし、明日は別にオスカー様のところへお伺いする予定なんてありませんわ」
「そうなのか? でもまぁ、知っておいてもらってもいいだろう? お嬢ちゃんが来たくなったときにお迎えできないのは、俺もいやなんでね」
「わたくし、いつも気まぐれや息抜きでお伺いしているわけじゃありませんっ!」
叫ぶとロザリアは振り返った。そしてオスカーをきつい眼差しで睨みつけると、アンジェリークの腕を振り放し、再び背中を向けて走り出してしまった。
置いてけぼりを喰らったアンジェリークは一瞬唖然としていたが、「あっ! ち、ちょっとロザリア!」と叫ぶと、小さくなった親友の背中を追いかけて走り出した。が、数歩走ったところで立ち止まり、くるりと振り返ると、頬を膨らませてオスカーに向って怒鳴る。
「もぉっ! オスカー様のばかっ!」
「なっ、ばかって……お、おいお嬢ちゃん!」
だがアンジェリークは、返事の代わりにあっかんべぇをしてみせ、唖然とするオスカーを残して、あっという間に走り去ってしまった。