「ジュリアスのこと、好きでした……」
ご存知でしたでしょう? とロザリアはオスカーを見上げながら小さく笑う。オスカーは返事の代わりに、黙って彼女を抱きしめた。
「今でも……気にならないと言ったら嘘になりますわ。でも……」
呟くとロザリアはきゅっとオスカーの服を掴んで目を閉じた。
「彼の側にいても……わたくし、こんな風に安心出来なかった……甘えられなかった。いつも毅然とした態度で、良いところばかり見せようと、そればかり考えていましたわ」
ロザリアの告白に、オスカーは苦笑を浮かべた。先日、同じ言葉をジュリアスから聞いていたからだ。
オスカーの腕の中で、ロザリアは幸せそうに目を閉じていた。どんなに寄りかかっても、甘えても、びくともせずに受け止めて支えてくれる彼の存在を改めて感じていた。
「怒ったり、泣いたり、拗ねたりなんて……ふふっ、今まで誰にも見せられなかったのに……」
「……陛下にも?」
オスカーの笑いを含んだ問い掛けに、ロザリアも思わずくすっと笑った。
「ええ、陛下にも。泣いたり拗ねたりなんて、あの子の前ではとてもできませんわ。パニックを起こしてしまいますもの」
「……確かにな」
くっと笑うオスカーを見上げ、やがてロザリアもつられて笑いだす。しばらく二人は抱きあいながら、クスクスと笑い続けていた。
「じゃあ……俺だけの特権ってわけか」
やがて笑いを治めたオスカーが、ロザリアから少し身体を放して、彼女を改めてじっと見つめる。
「君の涙も、笑顔も、すべて見ることが出来るのは、世界中で俺だけ……そう自惚れてていいのかな?」
ロザリアはゆっくりと頷き、そして顔を上げると含羞んだように微笑んだ。
「ええ……他の誰でもない。貴方だけよ」
オスカーはロザリアをふたたびぎゅっと抱きしめた。そして、彼女の頬に手を添えると顔を仰向かせ、そっと唇を落とした。
最初は啄ばむように、やがてその接吻は深く強くなった。
しばらくして、ようやく開放されたロザリアは深く息を吐きだした。そして、抗議するような視線をオスカーに向ける。
「……場所をわきまえて下さいな。ここは執務室でしてよ」
「わかってるさ」
いつもなら余裕の笑みを浮かべて答えるオスカーだったはずなのに、その顔には笑みがまるでなかった。その事に、ロザリアは僅かにひるんだ。
「オスカー…」
思わず身体を引くロザリアの腕を素早く捉え、オスカーは真剣な目でロザリアを見つめた。
「わかっているが……もう限界だ」
言うとオスカーは、ロザリアをぐいっと引き寄せ、その広い胸に迎え入れて細い身体を力強く抱きしめた。先程までも優しい抱擁とは違うそれに、ロザリアは急に不安になって微かにもがいた。
「……離して…」
「……いやだ」
子供のように首を振ると、身体を折り曲げるようにしてロザリアの耳元に唇を寄せた。
「言っただろう? もう限界だって……」
いつも強気で豪快な彼からは想像もつかない、切なげな擦れた声が彼の口から漏れる。
「……君が…欲しい。……ロザリア」
言われた途端、ロザリアの身体がビクリと震えた。それでも彼女は、激しくなる鼓動を抑えながら目を伏せる。
「オスカー、お願い。誰かが来ないうちに早く離して……」
そう言うとロザリアは顔を上げ、懇願するようにオスカーを見上げる。
「……今なら、全部忘れます。わたくし、何もなかったことにしてあげますから」
「何もなかった……だと?」
ロザリアのひと言に、オスカーは目をすっと細めた。その視線は今まで見たこともないほど強く恐ろしく、ロザリアは驚いて腕を突っ張ると、無理やりオスカーから離れようと身体を捩った。
が、それをオスカーは許さなかった。
彼はロザリアの身体をさらに強く引き寄せると、彼女の顎を掴んで強引に仰向かせて唇を奪った。逃れようと顔を引くロザリアだったが、彼女の後頭部を素早く押さえつけると、更に深く口付ける。
ロザリアは息苦しくなって、思わず口を微かに開いた。すると、それを待っていたかのように、オスカーの舌が彼女の口の中に侵入してきた。ロザリアの整った歯列をゆっくりとなぞり、驚きで引っ込んでいた彼女の舌に自分のそれを搦め、十分に味わう。
初めて受ける深いキスに、ロザリアは自由になる手で何度もオスカーの胸元を叩いて、やめるように無言の抗議をした。だが、オスカーはまるで意に介さず、何度も角度を変えて唇を重ね合わせ、彼女の口中を思う様、蹂躙した。
やがてロザリアの抵抗がなくなり、彼女の身体から力が抜けるのを確認すると、ようやくオスカーは唇を放した。
唇を離す時、自分と彼女の唾液が混じりあった液体が、彼女の口元からすっと零れでた。それを舌ですくい取ると、ロザリアはうっすらと目を開けてオスカーを見つめた。上気した頬をして、胡乱げに開けたロザリアの瞳には、先程までの抵抗の光はなくなっていた。ただ、羞恥の色だけは消えてはいない。
「……オスカー」
言うとロザリアは、そっとオスカーにしがみついて目を伏せた。
「わたくしだって……。でも……こんなところではいや。………お願い」
オスカーはそう言われて、改めて辺りを見回した。
守護聖の執務室は、そう滅多に誰かが訪ねてくることはない。だが、誰も来ないとは言い切れないし、しかも守護聖仲間などはノックもそこそこにいきなり入ってくる者もいないではなかった。
だが、ここまで盛り上がったものを我慢して、屋敷まで戻るなどオスカーにはできなかった。そう簡単に抑えられるものならば、ジュリアスの名が出たくらいであんなに嫉妬に燃えたりはせずにいられたはずだ。
そこで彼はロザリアを素早く抱きかかえると、執務室の隣にしつらえていたプライベートスペースへ向かった。そしてその中に入ると、後ろ手に鍵をかけた。