眩暈

(6)

バスケットからミートパイを取り出すと、敷布の上に更に敷いたホワイトデイジーの描かれたランチョンマットの上にそっと置く。ナイフを入れると、表面のパイ皮がパリパリという香ばしい音を立て、一瞬香辛料の匂いが辺りに漂った。

ブリキのマグカップを三つ取りだし、水筒から中身を注ぐと、まだ暖かい湯気があがった。

「いい匂いだな」

さわさわと草を踏みしめながら近づいてくるオスカーに向かって、ロザリアは顔を上げて微笑んだ。

「お疲れさま。どう、彼女のご機嫌は治まって?」

「なんとかな。湖に行ったら少し頭も冷えたらしい。今ごろはレグルスと仲良く草でも食べてるだろうさ」

言うとオスカーは、背後のジュリアスを振り返って笑った。

「どうやらアグネシカは、レグルスに会いたくて仕方がなかったようですね。しばらく会わせなかったので、少々へそを曲げられてしまいましたよ」

「レグルスも同じらしい。私もなにかと忙しく、ここのところ構ってやれなかったのでな。今日は少し羽を伸ばさせてやるとしよう」

「そうですね」

「二人ともコーヒーはいかが? あ、ジュリアスも、こちらにどうぞ」

ロザリアは微笑みを浮かべつつ、身体を僅かにずらして二人が座れるスペースを作る。

ジュリアスは軽く微笑むと、ロザリアから少し距離を取って腰を下ろし、乗馬用の手袋をゆっくりと外した。

「これは、そなたが作ったのか?」

ロザリアからコーヒーの入ったマグカップを受け取りながら、ジュリアスは敷布の上に並べられたパイを交互に見下ろした。

「ええ。どちらがお口に合うかわからなかったので、ミートパイとラズベリーパイの二つに挑戦してみたんですけれど」

「彼女のラズベリーパイは絶品ですよ、ジュリアス様」

オスカーは間髪入れずにそう言うと、ロザリアの隣にすとんと座り込んだ。そして彼女から手渡されるより早くロザリアの身体を抱きかかえるようにして手を伸ばし、マグカップをひょいと取り上げて一口啜った。

「オスカー、狭くない? こちらに移動なさったら?」

「いいや、大丈夫だ。それに、ここの方が君の顔がよく見える」

「どこにいたって見えるでしょう? おかしな人ね」

そんな二人を微笑ましげに見ていたジュリアスは、ロザリアから手渡された湿った手拭きで丁寧に手を拭う。

「では、オスカー推奨のラズベリーパイを頂くとしようか」

「ええ、どうぞ」

ロザリアは用意してきた陶器の皿にパイを一切れ、ナイフを使って器用に乗せるとフォークを添えてジュリアスに手渡した。そしてもう一切れを皿に乗せると、振り返ってオスカーに手渡す。

「はい。フォーク、使わなくて良いのよね?」

「ああ、ありがとう」

ジュリアスはパイにフォークを入れながら、軽く微笑んだ。

「そなたたち、本当に仲が良いのだな」

「え?」

ロザリアが思わずジュリアスを振り返ると、彼はフォークを皿の上にすっと戻して手を止め、遠くの木々に視線を移して目を細めた。

「……心許せる相手がいるというのは良いものだな」

「ジュリアス様……」

オスカーが躊躇いがちに呟くと、彼の隣にいたロザリアがつっと身体を僅かにジュリアスの方へ寄せた。

「ジュリアス、貴方にだって心許せる相手がいるでしょう? オスカーがそうだし、わたくしも……。違って?」

ジュリアスはロザリアの言葉を聞き、視線を戻した。そしてロザリアを見下ろすと小さく頷く。

「ああ、そうだな……」

「大切なのは自分から心を開くことだと思いますわ。相手から来てくれるのを望むのではなく、自分から踏み込まなくては。そうすれば、相手は必ず貴方に答えてくれるわ」

ロザリアの言葉に、ジュリアスはしばらく無言だった。が、やがて目に優しい光を讚えてロザリアを見下ろし呟いた。

「そなたは……変わらないな。女王候補の頃からずっと……自信に満ち、気高く清らかな心をずっと持ち続けている」

「……ジュリアス」

ロザリアが思わず頬を染めた。と、ジュリアスはちらりとオスカーに目線を向け、複雑な表情をしている彼に向かって微笑んだ。

「オスカー。そなたは……果報者だ」

「……はい」

答えたものの、オスカーのその声はいつもよりも沈んでいた。