眩暈

(4)

ロザリアは女王候補の頃、ジュリアスに恋い焦がれていた。

彼女自身がオスカーに告げたわけではないが、彼女の態度や仕草を見ていればわかる。

ジュリアスに褒められると頬を上気させ、本当に嬉しそうに笑っていたし、オスカーの執務室に訪れたときも、話のはずみでジュリアスのことが話題に上ると、瞳をきらきらと輝かせて身を乗り出すようにしてオスカーの話に聴き入っていた。

オスカーは彼女だけでなくアンジェリークのこともよく子供扱いしてからかい、二人の女王候補を怒らせたりしたものだが、そういった「恋心」については、たとえわかっていても絶対にからかったりしなかった。

アンジェリークがランディの部屋に入るのを躊躇っているのを見つけた時には、偶然を装って共にランディに会いに行ったりしてやったし、ロザリアがジュリアスに何か贈り物をしたいのだとわかった時には、さりげなく好みを教えてやったりした。

それはとりもなおさず、オスカーがこの二人に対して特別な感情を持っていなかったからこそ出来たことなのだが。

やがて女王試験が終わり、アンジェリークが女王に、ロザリアは補佐官になった。

 

きっかけは些細なことだった。

前回の女王試験の後、虚無となった空間に不意に光が生まれた。

それがなんなのか。どういった影響を及ぼすのかを調べるため、それこそ王立研究院が不眠不休で活動していたころ、補佐官であるロザリアも激務を抱えていた。

もちろん守護聖も慌ただしく山のような仕事を抱え込むことにはなっていたが、そこは若い男性と女性の差が出る。あきらかに顔色の悪くなっていたロザリアに対して、アンジェリークとジュリアスは声を揃えて休むように命じた。

「いい? これは命令です! 今日から三日間は、何があっても屋敷から出てはダメ。もし約束破ったら一生絶交しちゃうんだからねっ!」

「処罰する」ではなく「絶交する」と命じる辺りが、いかにもアンジェリークらしいのだが、実はこの方が、確実にロザリアを従わせることができるのだ。

不承不承頷くロザリアの様子に、皆は心配しながらも微笑ましそうに笑みを浮かべた。ジュリアスも、何とも言えない複雑な表情を浮かべたが、すぐに首をすっと部屋の一角に巡らせた。

「オスカー」

「はっ!」

機敏に一歩前に進み出るオスカーに、ジュリアスはちらりとロザリアの方へ視線を向けながら続けた。

「彼女を屋敷まで送り届けてくれ。陛下のお言葉に従い、主が休養を取るのを見張るよう屋敷の者にくれぐれも伝えて欲しい。よいな?」

「わかりました」

恭しく一礼するオスカーを視線の端で捉えながら、ロザリアは不満げにジュリアスに向き直る。

「ジュリアス。わたくし、見張られなくてもきちんと守りますわ」

青い顔をしたまま小さく抗議の声を上げるロザリアだったが、それを遮るように今度はアンジェリークがぼやいた。

「嘘ばっかり?っ。そう言って、ロザリアってば人が見てないところで仕事しちゃうじゃない。オスカー、お屋敷の人たちにね、ちゃーんと念を押してお願いしておいてね」

「心得ました、陛下」

オスカーはくすっと小さく笑い、すたすたとロザリアの隣に歩み寄った。そして軽く腰をかがめると「では補佐官殿。失礼して」と言いながら、両手で素早く彼女を抱きかかえた。

「オ、オスカーっ!? わたくし、一人で歩けます!」

驚いて思わず叫ぶロザリアだったが、オスカーは意外にも真剣な表情を崩さず告げた。

「そうかもしれませんが、いつ倒れられるかと案じながら付き添うよりもこの方が早いので。馬車までしばしご辛抱下さい」

「とか言いながらさ?、チャンスだって思ってんじゃないの?」

オリヴィエが疑惑の視線を向けているのを横目でちらりと睨んだ後、オスカーはジュリアスとアンジェリークに向き直った。

「では、御前を下がらせていただきます。補佐官殿は私が責任を持ってお屋敷までお送りいたしますので、どうかご心配なく」

そしてロザリアを抱えたまま一礼すると、マントを翻すようにして二人に背を向け、扉の方へ歩き出した。

 

廊下を進んでいる間ずっと、ロザリアは小声で何度も「もう降ろして下さい!」とオスカーに懇願した。それが十回目に達したとき、オスカーはピタリと立ち止まり、ロザリアを見下ろして小さく溜息をついた。

「往生際の悪いお嬢ちゃんだな。もう少しで外に出るから、それまで我慢してくれ」

「外に出るから降ろして下さいと申し上げてるんですっ! 誰に見られるかわからないじゃありませんの」

「別にやましいことをしているわけじゃないだろう?」

そう言うと、オスカーは何事もなかったように再び歩き出した。どうやら、ロザリアを降ろすつもりなどこれっぽっちもないらしい。

「貴方にやましいことがなくとも、わたくしが困るんです! あらぬ噂をたてられては……」

「名うてのプレイボーイと評判の炎の守護聖と、若輩ながら敏腕と誉れ高い美貌の補佐官殿。はははっ。確かに噂としては、これ以上刺激的なものはそうはないな」

「笑っている場合ではありませんでしょう! お分かりになったら、早く降ろして下さいませ!」

ロザリアがむっと眉をひそめてオスカーを見上げると、今まで楽しそうに笑っていたオスカーが、すっと真面目な表情を浮かべた。そしてロザリアを見下ろすと、目を細めて呟く。

「では、補佐官殿。その噂……いっそ現実のものとしてみる気はありませんかな?」

「……?」

ロザリアは一瞬呆けたようにぽかんとオスカーを見つめた。が、すぐに我に返ると、顔を真っ赤に染めてさっと視線を逸らした。

「ご、ご冗談をおっしゃらないで……!」

「冗談? 俺は大真面目ですが」

「そ、そんなことばっかり。わ、わたくしだから大丈夫ですけれど、ほ、他の女性が聞いたら期待してしまいますわよ」

「……補佐官殿は期待して下さらないのか?」

オスカーの残念そうな声には、明らかに笑いをかみ殺しているような響きが含まれていた。それを聞いた途端、ロザリアは伏せていた顔をぱっと上げ、クスクスと笑うオスカーを見上げて怒鳴った。

「ま、またからかってっ! もうっ、いいから早く降ろしなさいっ!」

「あまりはしたない声をおあげになりませんように、補佐官殿。皆がこちらを見ていますよ」

言われてロザリアは、オスカーに掴まったまま辺りをきょろきょろ見回した。そして、自分と視線が合うと慌てて顔を背けて素知らぬふりをする女官や警備兵達の様子に、顔を真っ赤に染めて押し黙った。

「そうそう。そうやって、最初から素直になさってくれれば、俺もいらぬ気を使わずにすむんです」

「貴方の態度の、一体どこが気を使っていましたのっ!」

「補佐官殿がリラックスできるようにと。……どうです、まだ頭は痛みますか?」

言われてロザリアは、謁見の間にいる間中ズキズキと感じていた頭痛が少し治まっているのに気がついた。オスカーとやりとりをしているうちに、いつしか頭の痛いことなど忘れていた。

それに、特に「頭が痛い」と訴えたわけではなかったのに、オスカーは眉を顰めて時々額を押さえているロザリアの様子に気がついていたらしい。

こういう細かいことに、オスカーは良く気がつき、しかもそれをさりげなくフォローしてくれる。それは、時にとてもありがたいと思った。が、それを素直に認めるのは悔しかったので、ロザリアは大げさに眉を顰めて呟いた。

「疲れの頭痛は確かに治まりましたけれど、別のことが原因で、また頭が痛くなってきましたわ」

オスカーは呆れたように腕の中のロザリアを見下ろし、やがて口の端を軽く持ち上げて笑った。