ロザリアが泣きやむまで、オスカーは黙って彼女の背中を撫でてやった。
そしてようやく彼女の感情の高ぶりが収まると、すっかり乱れてしまった彼女の豊かな髪を、そっと指で梳いた。
「そういうことなら、色々手段を考えなきゃいけないな。……王立研究院には相談したか?」
「え?」
オスカーの言葉に、ロザリアは驚いて顔を上げた。
「陛下を降位させると伝えろとおっしゃるの?」
「まさか」
くすっと軽く笑うと、オスカーはロザリアの身体をそっと押し戻す。そして不安そうに自分を見つめる彼女の手を軽く握った。
「ただやみくもに陛下を……いや、アンジェリークを連れ出したところで、すぐにバレちまったら元も子もないだろう? 何らかの理由を作って、せめて一ヶ月くらいは女王不在を正当化しなきゃいけない。それだけあれば、こっちも次の手を打てる」
「次の手?」
眉をひそめて首を傾げるロザリアに向かって、オスカーは軽く頷いてみせる。
「そう、次の手だ。アンジェリークが女王として在位しなくて良いように仕向ける。つまり……密かに新たな女王を見つけるんだ」
オスカーの言葉にロザリアは息を飲んだ。が、彼は構わずに先を続けた。
「確かに宇宙は女王がいなくても存在できるらしい。が、それはあくまでも机上論だ。実際はどうなるかわからないのは……君もわかっているはずだな?」
「……ええ」
ロザリアはぽつりと答えると俯いた。
「実は研究という名目で、研究院の方に再度シュミレートさせてみたの。結論は以前と同じで、特に大きな支障はないはずだと出たわ。でも……」
それでもやはり不安は拭いきれなかった。だからこそ、アンジェリークの辛い立場を分かっていながら、今の今まで決意がつかずにきてしまっていたのだ。
「不安要素がある以上、女王制を廃止することは出来ない。それに、そうなったら俺達だけの手には負えない。問題が大きくなりすぎる」
「……」
「だったら他の手を考えるしかないだろう? つまり……現女王は体調不良とか何とか理由をつけて、しばらく別の場所で療養ということにする。そして陛下が休暇中に、女王サクリアを持った少女が見つかった。それは何故か? 答えは陛下のお力が衰えたからだ。だから陛下は、療養なさったそのまま、降位なされることとなった。いわば……永遠の休暇をとってもらうってわけだ」
「永遠の……休暇」
「ああ、そうだ……」
オスカーの考えたシナリオはかなり強引ではあるが、現状を考えると他に案はないように思われた。が、それでもロザリアは素直に同意できずに口を噤んだ。それは、今はまだ存在すら知らぬ次の女王となる少女に対しての罪悪感があったからだ。
アンジェリークを自由にするために、他に女王サクリアを持った少女を見つけだし玉座に昇らせる。
それはつまり、自分たちの都合の為に、ひとりの少女を新たな生け贄として捧げるようなものだ。それでは、今までと同じではないか。
古い因習に囚われ苦しんでいた自分たちが、またその因習のために他人を犠牲にしてもいいのか。
そんな考えと、たった一人の親友の幸せを願う思いがロザリアの中でせめぎ合い、彼女の口を閉ざしてしまったのだ。
だがオスカーは、俯いて目を伏せるロザリアを冷静に見つめて囁く。
「人を犠牲にするのが怖いか?」
「……当たり前でしょう」
辛そうに呟くロザリアの手を握っていたオスカーの大きな手に、ほんの少し力がこもる。
「だったらやめておいたほうがいい。君はどんなことをしてでも親友を助けたいと言った。だから俺は、考えられる最良の方法を提案した。……それが受け入れられないのなら、陛下を降位させるなんて考えは捨てるんだな」
「……」
オスカーの正当な意見に何も言い返せるはずもなく、ロザリアはただ顔を伏せて唇をぎゅっと噛む。
「生半可な気持ちで『何でもする』なんて言わないほうがいい。誰を犠牲にしようが、どれだけ卑劣な手を使おうが、こうと決めたら最後までやり抜く。……覚悟ってのはそういうもんだぜ、補佐官殿」
オスカーがロザリアを『補佐官殿』と呼ぶ時は、大抵の場合揶揄したりからかったりする時だが、いま彼が口にした言葉には「プロ」としての自覚を再確認させるような響きがこもっていた。
ロザリアはそれが嬉しかった。こんな話をしている時に不謹慎だとは思うけれど、自分のことを認めてくれているようで誇らしかった。
やがて彼女は小さく息を吐き出した。そしてゆっくりと顔を上げると、オスカーのなおも冷静な瞳を見つめ返して口を開いた。
「……わかりました」
「……」
「女王陛下は風のサクリアの交代が原因と思われるお疲れが出た為、一月程静養していただくことになったと皆に伝えましょう。その間の連絡は私が全て受けたまわると」
ロザリアの瞳に確固たる意志を感じ、オスカーも改めて小さく頷く。
「ではその間に、俺は女王サクリアを宿した少女を見つけるよう手配しよう。研究院にも何人か口の堅い信頼できるスタッフがいるしな」
「それは女性ですの?」
ロザリアがくすっと笑いながら軽い冗談を言う。ロザリアのその笑顔に安堵したのか、オスカーもまた小さく笑って答えた。
「ご想像にお任せしようか。だが、女性の方が心が強いっていうのは確かだぜ。ほら、俺の目の前にも一人いる」
「その言葉、褒め言葉と受け取ってよろしいのかしら?」
「もちろん。これ以上ないってくらい褒めてるぜ」
「では、光栄ですとお答えしますわね」
こんな時によく笑えるものだと、ロザリアは自分自身に呆れていた。だが、こんなに気持ちが軽くなったのは、ここ数日の間で初めてだったことも確かだ。
彼に話してよかったと心から思っていた。反面、こんな事に巻き込みたくはなかったという気持ちも捨てきれずにいたが、それでも彼に話したことで、ロザリアの中にもある決意が生まれた。
ただ、これだけはオスカーにも言えなかった。言えばきっと、この計画そのものを止めようと言い出すだろうから。
それは何としても避けなければいけない。今はまだ、彼の助けが必要だ。
段取りや手配のことだけではない。この計画を最後まで彼女が成し遂げるには、どうしてもオスカーの存在という精神的な支えが必要なのだ。
ロザリアは改めてオスカーを見つめ返した。そして、穏やかな表情で自分を見つめる大切な人に、優しく微笑んでみせる。
「ありがとう、オスカー。わたくし……覚悟を決めますわ」
自分の本心を、決して悟られないように――。