永遠の休暇

(5)

オスカーに平手打ちをくらわせた後、ロザリアはその場にペタンと座り込んでしまった。

さすがの彼女も、あのオスカーの行動はかなりの衝撃だったらしい。だからこそオスカーも、甘んじて彼女の制裁を受けたのだが。

「悪かった。君があんまり強情だから、つい、な」

「……ついああいう事をなさる方だったなんて。……最低ですわ」

「ああ、すまなかった。……心から反省してる」

オスカーはその場に額ずき、ロザリアに向かって深々と頭を垂れた。

「今後は二度とあんなまねはしないと誓おう。この剣と君にかけて」

「………顔をあげて下さいませ。もう、いいですから」

ロザリアはそう呟くと、頬を赤らめてふいっとそっぽを向いた。

オスカーは気配に気がついてすっと顔を上げた。そして赤くなって俯きながら、拗ねたような表情を浮かべているロザリアをしばらく見つめ、まるで先程までとは人が変わったように、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「陛下を、いえアンジェリークを……自由にしてあげたいのです」

その場に座り込んだままで、いきなり話しだしたロザリアの言葉の意味がよく掴めなくて、オスカーは鸚鵡返しに訊ね返す。

「陛下を自由にとは……どういうことだ?」

「言葉通りですわ。あの子を、女王位から降ろしてランディと共に行かせます」

気でも違ったのか? と思わずロザリアの顔をまじまじと見つめてしまった。するとロザリアは改めてオスカーを見上げ、悲しそうに微笑んだ。

「呆れましたでしょう? 補佐官であるわたくしが、こんな恐ろしいことを考えているなんて……」

「いや……ああ。呆れるというか……驚いたぜ」

素直に答えると、ようやくロザリアは表情を崩してくすっと小さく笑った。

「初めてかもしれませんわね。貴方をこんなに驚かせることができたのは」

「笑ってる場合か? まったく……悪い姫君だ」

オスカーは思わず手を額に当て、深いため息をついた。

 

確かに、これを実行すれば大罪だ。いや、罪を問われるだけならまだいい。

下手をすれば、宇宙全域が崩壊するという最悪のシナリオも十分ありうるのだ。

女王がいなくても宇宙は成り立っていける、というのは、最近の王立研究院の調査の過程で得られた結論だった。ただその成長速度が恐ろしく緩やかになるだけで、宇宙の成長そのものが停止したり、崩壊するということはない。

それは、女王が存在しない外宇宙の例を見てもほぼ間違いないところだろう。

だが、それはあくまでもデータから導き出した机上論でしかない。しかも、今まで女王の力によって支えられ繁栄していた宇宙から、いきなり女王サクリアを奪った場合はどうなるのかを、誰も試してはいないし、もちろん文献にも残ってはいない。

オスカーの頭の中を巡る思考を、彼の表情から読みとったのだろう。

ロザリアは悲しそうな笑顔をそのままに、そっと瞳を伏せる。

「貴方のおっしゃりたい事はわかりますわ。女王がいなくなって、果たしてこの宇宙が無事ですむのか? もし、データ通りに事が進まなかったとしたら……。緩やかな成長ではなく、破滅が待っているのだとしたら……。この宇宙を守る守護聖が、こんな危険思想を持った補佐官を野放しになどしてはいけないのではないか。……そう、思っていらっしゃるのでしょう?」

「ロザリア……」

オスカーが真剣な表情で呟くと、ロザリアは目を開け、真っ直ぐにオスカーを見上げた。

「ね、大丈夫でしょう? わたくし、どこもおかしくなどなっていませんし、思考も安定していますでしょう?」

「みたいだな……」

呆れたようにそう呟くと、オスカーはロザリアの手を取りゆっくりと立ち上がらせた。そして改めてソファまで誘うと、彼女を座らせてその隣に腰掛ける。

「お茶……いただいてもよろしくて?」

「もう冷めてしまっただろう? 入れ直してくるよ」

テーブルに置かれたティーポットに伸ばしたオスカーの手を、ロザリアがそっと押しとどめた。怪訝に思って彼が振り返ると、彼女は小さく首を振っている。

「冷めていても構わないわ。だから行かないで……。貴方に今すぐ聞いて欲しいの」

ここしばらく、ずっと思い悩んで満足に寝られなかったのだろう。縋るように見つめてくる彼女の顔は憔悴しきっている。だが逆に疲れきったその表情はいつもよりも妖艶に思えて、オスカーは思わず息を飲んだ。

「でないと、わたくし……もう話す勇気が持てないかもしれない」

「どうしてだ……?」

「え?」

オスカーはロザリアの右手をそっととると、彼女が見つめる前で優しく握りしめた。

「なぜ、そんな事を考えた?」

「……」

「陛下を大切に思う君の気持ちはわかる。けれど、なぜそこまでしようとする? そんな、自分ばかりか、世界全ての理を壊してしまいかねないことを、なぜ実行しようとする?」

「わたくし……」

なぜ? と改めて問い掛けられ、ロザリアは返事に窮した。

何故なのだろう? と自分自身に問い掛け直してみた。そして、単純だが確実な答えを見つけ、ロザリアは顔を上げた。

「わたくしは……ただ、彼女の笑顔を……取り戻したいんです」

ロザリアはそう言うと、懇願するような瞳をしてオスカーを見上げた。

そのためならば、たとえどんな罪だろうと犯してみせると。

そう言うとオスカーの胸に顔を埋め、今まで我慢していたものを吐き出すようにすすり泣き始めた。

 

いつも以上に華奢で儚く感じられるロザリアの身体を抱きしめながら、オスカーはロザリアが告げた言葉を頭の中で反芻する。

「彼女の笑顔を取り戻したい」

それは、とりもなおさずオスカーの想いと同じだ。

ここしばらく、ずっと愁いに沈み、疲れきった表情をしていたロザリアの笑顔を取り戻したい。

だからこそ、こうやって話を聞いたのだ。

そして、その話の内容がどんなに突飛でも、重大事であっても、取り乱さずに彼女を受け止めようと覚悟していた。

――そして、オスカーは心を決めた。