永遠の休暇

(4)

「お話があるんです…」

晩餐も済んだ夜更けに、突然前触れもなくオスカーの屋敷を訪ねてきたロザリアは、玄関でオスカーの顔を見た途端、真剣な表情でこう告げた。

「わかった」

昼間、結局彼女から何も聞き出せなかった事もあった所為か、オスカーは多くを語らずにロザリアをロビーに迎え入れた。そして彼女が羽織ってきたマントを脱ぐのを待っていたメイドに「かまわないから先に休んでいてくれ」とひと言呟き、彼自身がロザリアからマントを受け取った。

その対応が、ロザリアにはありがたかった。オスカーの屋敷の使用人達は、みな教育が行き届いているから、興味本位で噂を振りまいたり詮索したりする者はいないが、それでも今回は今まで以上に人の目が気になっていたからだ。

ロザリアを応接に案内し、ソファに腰掛けるように勧めると、オスカーは調理室へ向かった。

棚に並んだ酒のボトルをしばし眺めた後、隣の棚から紅茶の葉を取りだして湯を沸かす。紅茶の葉をじっくりと蒸らした後、暖めたティーカップに注ぎ入れ、香り付けとリラックスできるようにとほんの少しのブランデーを垂らした。

紅茶を手に応接に戻ると、案の定ロザリアは緊張した表情を崩さずにソファに腰掛けていた。くすっと軽く笑うと、オスカーは「どうぞ」と低く呟き、ロザリアの前にティーカップをそっと置く。

「あ、ありがとうございます」

いつもはコーヒーを好んで飲む彼だが、今日は紅茶を入れてくれた。それは自分に対する心遣いなのだろうと、ありがたいと思うし嬉しくもあった。けれど今のロザリアは、それを落ち着いて味わう余裕はなかった。ここに来た事だけで、もうすでに後悔し始めていたからだ。

自分がこれからとろうとする行動に対してではない。この事を話したら彼を巻き込んでしまうという事に対してだ。

 

オスカーは何も言わなかった。ただロザリアの向かい側に腰を下ろし、黙って自分で入れた紅茶を啜っている。ロザリアが話しだすまで、何も言わずに待っているのは明らかである。

しばらくして、沈黙に堪えられなくなったロザリアはすっと立ち上がった。するとオスカーは黙って顔を上げてロザリアを見上げる。

「ご、ごめんなさい。こんな時間に訪ねるなんて非常識ですわね。…帰ります」

「待てよ」

オスカーは声を荒げたりはしなかった。だが、彼の落ち着き払った声は、逆にロザリアの身体の動きを奪った。

「こんな時間に訪ねてきて、何もしないで帰るつもりか?」

「……ごめんなさい」

擦れた声で呟くと、ロザリアはすっと身を翻して応接の扉へ向かって歩き出した。だが、それを阻止したのはオスカーの手だった。彼はロザリア以上に俊敏にソファから立ち上がると、あっという間に応接の入口に向かい、背を向けているロザリアの右腕を掴むと振り返らせ、彼女の背中を扉に押し付けるようにして押さえ込んだ。

目を見張ったロザリアは、すぐに逃れようと左腕を伸ばし、自分の右腕を掴んでいるオスカーの手を外そうとした。が、その左腕も簡単に捩りあげられ、壁に押さえつけられてしまった。

「オ、オスカー?」

ロザリアの声に、微かにおびえが含まれた。が、オスカーはそれを意に介さないどころか、逆に喜んでいるかのような笑みを口元に浮かべる。

「昼間言っただろう? 俺はそんなに甘くないってな」

「な、なんですって」

「君があくまでもシラをきり通すというならそれでもいいさ。だがな、聞き出す方法はいくらでもあるんだぜ?」

「オスカー、あ、あなた……」

ロザリアが抗議の声を張り上げると、オスカーはすっと彼女の耳元に唇を寄せ、微かに笑いを含んだ声で囁いた。

「いつまでも『善き相談相手』の仮面を被っているのは俺の性に合わない。つまり、そういう事さ、補佐官殿」

ロザリアは驚きで目を剥いた。

確かに、オスカーは女性関係では今もあまり評判がいいとは言えない。が、ことロザリアに対しての接し方は、少し違っていた。

からかい口調だったり、たまに昼間のように隙をついてキスをしてくることはあった。だが、それもロザリアが嫌がっているときは絶対にしなかったし、何か相談すれば真面目に聞いてくれた。多少意地の悪い部分はあったが、基本的にはあくまでも紳士だったのだ。

「な、なにを言っているのか、わかっていますの?」

「もちろん。ここで俺が君に何をしようと、君の性格からして誰にも言えやしないだろう? それに、こんな時間に俺を訪ねてきた。この事実だけで、君の味方は誰もいない。その後、例え何が起ころうと自業自得だと言われるのがおちだからな」

オスカーが声を漏らすたび、吐息が耳にかかる。その度にロザリアはビクッと身体を震わせた。

ちょっと意地悪だけれど、優しくて、親切で。そう思って頼りにしていたからこそ、こんな重大事も打ち明けようと思ったのに。彼ならば、事の重大さに押しつぶされそうな自分の心を、軽くしてくれるかもしれないと思ったのに。

あの優しさも、微笑みも、全部仮面だったというのだろうか。

すべてはロザリアに油断をさせ、彼女を手に入れるただの手段にすぎなかったというのだろうか。

「こ、こんなこと、許せません、わ」

ロザリアは辛うじてそう呟くと、ありったけの抗議を込めてオスカーを睨みつけた。するとオスカーは薄く笑い、ロザリアの腕を彼女の頭の上で一つにまとめるようにして扉に押し付けた。

「いい顔だな、補佐官殿。君の潤んだ瞳が青い炎でゆれているのをみるとゾクゾクするぜ。……もっとその炎を燃え上がらせてみたくなる」

言うとオスカーは、ロザリアの白いうなじに唇を押し付けた。

「んっ!」

ロザリアは小さく叫ぶと思わず顔を背けた。が、オスカーはまったく気にしなかった。彼女の首筋を唇で味わうように、ゆっくりと下にずらしていく。

そして彼女の腕を押さえこんでいた左手を降ろすと、ロザリアの腰にぴたりと当てた。

ロザリアは、唇とは反対にじわじわと自分の身体を伝いながら上がってくるオスカーの手の感触に、思わず目を閉じてしまった。ぎゅっと瞑ったその瞳から、屈辱のあまり涙が零れた。

が、オスカーの手は、もう少しでロザリアの柔らかな膨らみに達する、というところでぴたりと止まった。

「……話す気になったか、お嬢ちゃん?」

オスカーのからかいを含んだいつもと同じ声音に、ロザリアはうっすらと目を開けた。開けた途端に、両目からぽろぽろと涙が溢れ出した。

「……オ、スカー?」

背けていた顔を、オスカーの方に向ける。すると彼は意地の悪い笑みを浮かべてロザリアをじっと見つめていた。

「俺としてはこのまま続けてもいいんだが。どうする?」

「あ……」

「いいのか? 続けるぞ?」

オスカーが問い掛けると、ロザリアはふるふると首を振った。

「やめて欲しいのか? じゃ、話すんだな?」

ロザリアはしばらく無言だったが、やがてこくん、と小さく頷いた。

するとオスカーは、ほんの少し残念そうな表情を浮かべたが、すっと身体を起こすとロザリアの腕を解放した。

「ここでやめるのは俺も結構辛いんだが。まぁ仕方ない、続きはまた今度にさせてもらうことにしようか」

言った途端、ロザリアの平手打ちが、オスカーの左頬を強襲した。