「――どうした、補佐官殿?」
「え?」
慌てて顔を上げると、ちょうど怪訝そうに眉をひそめながらこちらを見下ろしているオスカーの瞳が目の前にあり、ロザリアは軽く息を飲んだ。
するとオスカーは、いつものからかうような口調ではなく、本当に心配そうな声音を漏らした。
「顔色が悪いぞ。また、無理をしてるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫ですわ。ちょっと……心配事があるだけで」
自分ではほんの少し呟いただけのつもりだった。だがオスカーは、途端に険しい表情を浮かべたかと思うと、急に身体を少し屈めてひょいとロザリアを抱き上げた。
「な、何をなさるのっ!?」
驚いたロザリアがじたばたともがくが、オスカーはまったく気にせずに、無言のまますたすたと執務室を横断する。そして開いている窓の珊にすとんとロザリアを降ろし、まるで彼女を閉じ込めるように窓枠を掴んで立ちふさがった。
「さて、これで君は駕篭の鳥だ。訳を話さないと、ここから飛び立たせてやらないからな」
「オスカー!?」
「断っておくが、俺の目は節穴じゃないぜ。ここ数日、君はずっと暗い表情ばかり浮かべていた。風の守護聖の交代のバタバタの所為で疲れてるんだとばかり思っていたが……どうやら原因はそれだけじゃないようだな」
ロザリアはオスカーの顔を見上げ、次にちらりと自分の背後に視線を移した。そして、とても飛び降りる事など出来ないことを確認し、再びオスカーの方へ顔を向けて深い溜息をついた。
「……相変わらず、子供じみたことばかりなさいますのね」
「君こそ、妙に大人ぶって俺に隠し事をするなんて百年早い」
「貴方のためを思って、ですわ」
「それはますます聞いてみたいな、補佐官殿。ただし、愛の告白なら今は聞かないことにさせてもらうぜ。屋敷に帰ってから、たっぷりと聞かせてもらうほうが嬉しいんでね」
「茶化さないで……」
言うとロザリアは切なげに目を伏せ、顔を小さく背けた。
するとオスカーは軽い笑みを引っ込め、しばらくロザリアを黙って見下ろしていたが、窓枠を掴んでいた右腕をすいっと動かし、ロザリアの細い顎を捉えて、彼女の紅色に輝く艶やかな唇に軽くキスをした。
オスカーの唇が離れると、ロザリアは閉じていた目をゆっくりと開け、彼を見上げて囁く。
「……どうして?」
するとオスカーは小さく笑う。
「君が魅力的だったからに決まってる。……それ以上の理由がいるか?」
「同情……ですの?」
「まさか」
「じゃあ、心を乱して聞き出そうとでも?」
ロザリアの言葉にオスカーはくすっと軽く笑い、彼女の顎に触れていた指をまるで輪郭をなぞるように動かすと、ロザリアの頬で止めた。
「いいや、それも違うな。君の美しい瞳を曇らせる憂い事を、俺が全部引受けられれば、と」
「オスカー……」
ロザリアがほんのりと頬を染めてオスカーの薄青の瞳を見つめ返した。
「俺はそんなに頼りにならないか? 君にそんな顔をさせてしまうほど、俺は信用できない男か?」
「……いいえ」
ロザリアはふるふると小さく首を振った。その仕草に、満足そうな笑みを浮かべたオスカーは、ロザリアの頬を優しく撫でる。
「なら話してくれ。君の憂い顔の、その訳を」
「……ごめんなさい。本当に、なんでもないんです」
頬に触れたオスカーの大きな手に、自分の手を重ねてロザリアは苦しげに目を閉じた。
「何でもないって顔じゃないだろう。まったく、強情だな君は」
「それも今に始まったことではないでしょう?」
呆れたようにぼやくオスカーに向かって思わずそう呟くと、何だか急におかしくなってつい小さく笑ってしまった。するとオスカーは、途端に拗ねたような眼をしてロザリアを軽く睨む。
「冗談言ってる場合か。人が本気で心配してるっていうのに」
「……ごめんなさい」
謝りながらも、オスカーがあまりにも子供じみた眼をしてこちらを見ているものだから、ロザリアは一度漏れた笑いを堪えられなくなってしまった。
「……本気で謝っているようには思えないぞ」
「ご……ごめんなさ……。だって……貴方ってば……」
くすくすと口元を押さえ、眼を潤ませて笑い続けるロザリアをしばらく見つめ、やがてオスカーは軽く溜息をつくと彼女の身体をそっと抱き寄せた。
「ま、お姫様の笑顔が戻ったみたいだから良しとするさ。ただし、またあんな顔をしたら、今度はどんな手を使ってでも聞き出してやるぞ。……いいな?」
「……心配かけてごめんなさい」
小さく呟くと、ロザリアは彼の服をきゅっと掴んで、安心したように目を閉じた。