「うわー、みてみて。アンジェリーク! あの雲、アイスクリームみたいだよ!!」
「ほんとぉ、すっごくおいしそう!」
空を見上げてはしゃぎ回るアンジェリークとマルセルの様子に、うんざりしたゼフェルはシートの上にごろんと寝転がった。
「雲なんかみて、何があんなに楽しーんだ。ばっかじゃねーの!」
「なんにでも興味を持って観察するのは良い事ですよ、ゼフェル。あー、人間にはですねー、探究心というものがあって」
「あーもーいいって。おめーの話聞いてっと、ますます頭痛くなっから!」
手のひらをうっとうしげに振る。慣れているのか、地の守護聖ルヴァは困ったように微笑んだ。
「ねー、ゼフェルぅ。あんたの親友の姿が見えないんだけどー。どこいったのさ?」
横を向いて寝転んでいたゼフェルに寄り掛かるようにして、オリヴィエが問いかける。
「うわっ! なにすんだてめーは! しんゆー? 誰の事だよ?」
「決まってんじゃない、愛と勇気の風の守護聖様よ」
「誰が親友だっ! 知らねーよ、どっかで黄昏れてんじゃねーの?」
ゼフェルは、オリヴィエを払い除けるように起き上がるとあぐらをかいた。
「痛いわねー! 相手の状況を見てから行動しなさいよ、あんたは!」
「オメーがよっかかるから悪いんだろーが!!」
ゼフェルは片膝を立てると、肘を乗せて頬杖をついた。
「前からおかしな奴だけど、最近病状が悪化したみたいだぜ。そこら中ぼーっと歩き回ってた」
ふと、まだはしゃいでいる2人に眼を向ける。視線を感じたのか、アンジェリークが振り向いた。ゼフェルがこちらを見ているのに気付き、困ったように微笑む。
視線を逸らさず、無表情のまま2人を見つめてゼフェルはつぶやいた。
「なーにが勇気を運ぶ、だ。肝心な時は何にもできねぇくせに」
「すみません、リュミエール様。もう俺一人でも大丈夫ですから」
自分の執務室で、ランディは所在なげに微笑んだ。いつも彼らしくない、力ない笑顔をみて、リュミエールは首を振る。
「あと少しですから、お手伝いしますよ。早く終わらせて、一緒に参りましょう」
ここ何日か、ランディの様子がおかしいとは気にかかっていた。しかし、執務をこんなに溜めているとは思わなかったのだ。
明日は、聖地に戻る。何としても今日中に、この書類の山を整理しなくてはいけなかった。
「リュミエール、こっちは終わったぜ」
オスカーが肩をまわしながら、部屋に入ってくる。手には書類の束が握られていた。
「こちらももうすぐですよ。お茶でもいかがですか、オスカー? 先程いれたばかりですから」
「ああ、もらおうか。坊や、終わりそうか?」
壁の隅に置かれた椅子を部屋のまん中に持ってきて、跨ぐように腰掛けながらオスカーは問いかける。
「すみません、オスカー様にまでこんな事手伝っていただいて。俺ってほんとに……」
「口を動かす暇があったら、手の方に集中するんだな」
「は、はい。すみません」
「早くしてくれよ。今頃お嬢ちゃん達は、待ちくたびれてるだろうからな。レディを待たせるというのは、俺の心情に反するんでな」
「ランディ、あせらなくていいのですよ」
「は、はい、もうすぐですから」
あわてて手を動かしはじめたランディを部屋に残して、リュミエールはオスカーに外に出るよう促した。そっと扉を閉じ、数歩歩いたところでオスカーに話しかける。
「気付いていましたか? 最近ランディの様子がおかしかった事に……」
「2、3日前からは特にひどくなったようだな。何を聞いても、要領を得ない答えばかりでジュリアス様の前でさえまるで上の空だった」
「原因をごぞんじですか?」
「まぁうすうすは、な。不器用な奴だ、俺のようになりたいといつも言っているくせに」
「見習い過ぎるのも良くないとはおもいますが。なんとか彼の力になりたいですね。元気のない風の守護聖では、宇宙にも影響がでるかもしれませんし」
「だがな、リュミエール」
オスカーは天を仰ぐ。彼等の心とはうらはらに、空は眩しいほど青く澄み切っていた。
「……即位の儀は、明日なんだぜ」
「皆さん、楽しそうですね」
「ジュリアス様、遅れて申し訳ありません。お嬢ちゃん、悪かったな」
結局、リュミエールとオスカーが皆に合流するころには、太陽が最後の光を辺りに放ち始めていた。
「おっそいよー、あんたたち! 陛下のご命令だってのに」
「すみません、オリヴィエ。ところで、クラヴィス様のお姿が見当たらないようですが……」
「ああ、無理矢理つれて来たんだけどね。騒がしい、とかいって湖の方に行っちゃったんだよ。ほーんと、マイペースだよね~」
肩をすくめるオリヴィエにリュミエールは微笑みかけた。
「そうですか。では、わたくしが捜して参りましょう」
そう言って立ち上がりかけたリュミエールを、アンジェリークは慌てて制した。
「あ、リュミエール様。少しだけいいですか? 皆さんにお話したい事があるんです」
「おはなし……ですか?」
「はい、クラヴィス様とランデイ様には、後できちんとお話しますから」
真剣な少女の表情を見て、リュミエールは頷き、改めて座りなおした。ホッとするアンジェリークに気づかれないようにオスカーの隣ににじりよると、オリヴィエは耳もとにそっと囁いた。
「で、かんじんのぼーやはどこいったの? 見当たらないようだけど?」
「少し頭を冷やしたいそうだ……必ず顔を出すよう言い含めてはきたがな」
「それでは、陛下。我らを集めた真意をお聞かせいただけますか?」
「陛下、は早いです、ジュリアス様。まだ、ただのアンジェリークです」
アンジェリークは首をかしげて、照れくさそうに微笑む。まだ幼いその小さな肩に、明日からはこの“宇宙”という枷がかけられるのである。
「わかった。では、アンジェリーク。用件を聞かせてもらいたい」
ジュリアスが促すと、アンジェリークはバスケットの中から小さな袋を取り出した。
紐をほどいて、中身を膝の上に並べる。それは砂の入った小さな瓶だった。
「星の砂……じゃないよね?」
マルセルが覗き込んで尋ねた。アンジェリークは、視線をルヴァの方に向ける。
地の守護聖は優しく微笑み、微かに頷いた。
「これ、エリューシオンの砂です」
「エリューシオン!? っておめー…」
驚きの声をあげるゼフェルに、アンジェリークは楽しそうに答えた。
「ええ、私が育てた大陸です。私一人ではなく、皆様で一緒に育てた世界、エリューシオンの砂です」