オリジナル・スマイル

(1)

聖地では、天候が荒れる事は稀である。

女王の力に守られている為、温暖な気候が一年中続く。その力はここ飛空都市にも及んでいる。

しかし、女王の力が衰えてからは、外界と同じような天候が続き、人々を大いに不安がらせていた。だがその心配も、明日になれば全て解決する。

なぜなら、新しく女王となる少女が決定したからである。

 

「ねえ、ロザリア」

「なあに? あ、それはここに置いておいて下さい。ええ、そう……このぬいぐるみ、取っておくの?」

「あ、うん」

「いつまでたっても子供なんだから。しっかりしてよね、陛下」

「うん…ねえ、ロザリア」

「もう、さっきからなんなのよ。ハッキリ言いなさい」

「あのね…ピクニックに行かない?」

「なんですって!?」

 

即位式を明日に控えて、新しく女王補佐官となるロザリアは朝から大忙しだった。

式典の打ち合わせに始まり、前女王補佐官ディアとの引き継ぎ。女王陛下の衣装の最終確認から、その夜開かれる晩餐会での料理についてなど、息つく暇もなかった。

ようやくひと心地ついたとき、ふと明日の主役はどうしているのだろうという不安が胸をよぎった。

新女王となるアンジェリークは、朝から部屋を片付けているはずだった。半年以上共に過ごした女王候補の寮から、王宮へと居を変える為に。

だが、アンジェリークの部屋の扉を開けた時、ロザリアは自分の不安が適中した事を知った。アンジェリークは、窓辺にたたずみ、レースのカーテンをめくりながら外を眺めていた。

多少は手をつけたのだろう、部屋の中にはいくつか箱が置かれていたが、とても朝から取り組んでいたとは思えない状況だった。

「あんたって子は!!」

「あんまり空が綺麗だったから、つい」

「もういいわ、わたくしがやるから。ほんとにもう、わたくし一人朝から走り回って馬鹿みたいじゃない」

「ごめんなさい……」

大きな眼を申し訳なさそうに伏せるアンジェリークに、ロザリアの口から大きなため息がこぼれた。

『初めて会った時からちっとも変わっていない。なのに、なぜ、助けてしまうんだろう。ほっとけないんだろう』

手際よく片づけてゆくロザリアを、おろおろしながら手伝うアンジェリークをみて苦笑する。

『わたくしがいないと何もできない……そう思わせる事が、ある意味この子の才能なのかもしれない』

 

「ピクニックですって!! 今がどういう状況下かわかって言っているの!?」

「わ、わかってるけどぉ……」

ちらちらと空を見上げては、空想の世界に入り込んでいきそうな金の髪の少女を尻目に、ロザリアは部屋をどんどん空にしていった。ようやくメドがついたので、人を呼びにやり、荷物を運ばせている時だった。突然、アンジェリークがぽつりと告げたのだ。『みんなとピクニックに行きたい』と。

「あんたねぇ、少しは次期女王の自覚を……」

「わかってる。でも、自由でいられるのは今しかないんだもの。明日になったら……」

先程まで夢見心地だった事が嘘のように、アンジェリークは真剣なまなざしでロザリアをみつめた。

「明日からはロザリアの言う事、何でも聞くわ。一生懸命頑張って、立派な女王になるから。だからお願い。今日だけは、ほんの少しだけ我が儘言わせて」

「……もうお昼よ。なんの準備もしていないのに、今からピクニックなんて……」

ロザリアが、ため息混じりにそう告げると、金の髪の新女王はニッコリと微笑んだ。まるで天使のような無邪気さで。

「ふふっ、大丈夫よ。ほらみて、昨日作ったマフィン。こっちはだーい好きなハニークッキー。ちゃーんと用意しておいたの」

『……この子がなぜ女王になれたのか、すこし分かった気がする』と、あらためてため息がでてしまうロザリアだった。

 

「では、これで一段落だな。ほかに手抜かりはないだろうな、オスカー?」

「はい、あとは明日の即位の儀を迎えるだけです」

机の上の書類をまとめ、光の守護聖ジュリアスは立ち上がった。彼にしては珍しく、その端正な顔に微かに微笑みを浮かべながら。

「良い天気だ。色々な事があったが、それも今日で終わるのだな」

「少し寂しい気もしますが」

「そうだな。だがまだ終わったわけではない、今からが始まりなのだ。その事をこころしておかねばな。わかったか、ランディ」

「……あ、はい!」

いきなり名前を呼ばれて、ランディは身じろいだ。いつのまにかジュリアスとオスカーの視線が、自分に向けられている事に気付いて、気まずくなって下を向く。

「ジュリアス様の前で何を考えていた? たるんでいるぞ、ランディ」

「す、すみません。ただ…空が…」

「なんだ?」

「空が綺麗だな、と思って…」

言ってしまって、はっとする。先程の穏やかな笑みは影をひそめ、いつもの厳格さを取り戻したジュリアスは風の守護聖を睨んだ。

「よいか、ランディ。明日は新しい女王陛下が即位される。我ら守護聖は今まで以上に陛下の御為、ひいては新しき宇宙の為に働かねばならぬ。その大事な時を間近にして、そなたは…」

「お話中のところ、失礼いたします」

勢い良く、執務室の扉が開かれた。

ロザリアは、部屋の主の返事を待たずにずんずん中に入ってくると、3人の守護聖が何事かと立ち尽くしている前でぴたりと止まる。

「お仕事はお済みでしょうか、皆様?」

にっこりと微笑み、3人の顔を見渡した。

「あ、ああ。今、片付いたところだが…」

「そうですか、よかった。…では」

そう言うと、少女の顔から新女王補佐官へと変わったロザリアは、最初の仕事を皆に告げた。

「女王陛下の御命令です。ピクニックに参りましょう」