「きれい……ですね」
「ああ。とっても……」
女王候補寮の入口の石段に並んで腰掛けたランディとアンジェリークは、揃って空の月を見上げて溜息をついた。
夜風は冷たいはずだった。しかしそんな夜の大気も、しっかりと繋いだお互いの手のぬくもりが、二人に寒さを感じさせなかった。
「……あのね、ランディ様」
「ん?」
問いかけてくるアンジェリークの顔を見下ろすと、彼女はふふっと軽く笑ってランディの肩にこつんと頭をもたれかけさせた。
「わたし、こう思うことにしたんです。ランディ様と離れなきゃいけない悲しさじゃなくて、ランディ様に会えた喜びを覚えていようって……」
「……」
返事の代わりに、黙って自分の手を強く握り返してくるランディの手のぬくもりを、もっと感じたくてアンジェリークは目を閉じた。
「女王候補と守護聖さまじゃなかったら、ってずっと思ってたけど。でも……そうでなかったら、わたしたち出会えなかったんですものね。だから……出会えた奇跡を、ランディ様を好きになれたことを、ずっと覚えていようって。大切なわたしの宝物にしようって」
「俺も……思ってることがあるんだ」
「なんですか?」
ぽつりと漏らしたランディの言葉に、アンジェリークは問いかけた。
するとランディはアンジェリークの手をするりと離し、彼女を抱き寄せるようにしてその肩に右手を回した。そしてアンジェリークの小さな両手を、左手でそっと包み込んだ。
「君に逢えたのは奇跡なんかじゃない。君が女王候補としてここに来なくても、俺が守護聖としてここに来なかったとしても、俺はきっと君の事を見つけた。君を……好きになったよ」
「……ランディ様」
「これからもずっと、俺は君の事を想ってる。だから……待つって決めたんだ。君がいつか俺の元へ帰ってきて来てくれるのを、ずっと待っていようって」
「でも……」
アンジェリークは目を開けると、不安そうにランディを見上げた。
女王のサクリアも守護聖のサクリアも、どちらもいつなくなるのか誰にも予想できない。いくらランディが「待っている」と言ってくれたところで、先にランディのサクリアが尽きてしまえばそれで終わりだ。
しかしそんな不安そうなアンジェリークに向かって、ランディは安心させるような笑みを浮かべた。
「大丈夫だって。俺にはわかるんだ」
言うと視線を空に向け、口元に笑みを浮かべたまま呟く。
「わかるんだ。いつか君が女王の座を降りた時、俺が守護聖でなくなった時。その時には、絶対二人は一緒にいるって」
「そう、だといいな」
アンジェリークがぽつりと漏らすと、ランディは視線を彼女に向けた。そして軽く首を傾げながら、悪戯を思いついたような笑顔を浮かべる。
「大丈夫。俺、君を残して聖地を出てく気なんかないからさ。それにいざとなったら、オスカー様じゃないけど君を攫ってくよ」
「ランディ様!?」
驚いて目をしばたたせるアンジェリークの様子に、ランディは楽しそうに声を立てて笑った。
「ハハッ! 冗談だよ」
しかしすぐに笑いを治めると、アンジェリークの顔を覗き込んで優しい微笑みを浮かべる。
「でも……この事だけは絶対、忘れないで欲しいんだ。たとえもう二度と会えなくなっても、俺はずっと君を……君を愛し続けるから」
返事の代わりに、アンジェリークはランディの手をきゅっと握り返す。
「でも二度と会えないなんて思ってない。だから『さよなら』は言わないよ、アンジェリーク。君が夢を叶えて、俺が使命を終えて。その時、またこうして会えるって信じてるから」
アンジェリークはランディを見返した。彼の青い瞳をじっと見つめた。
そしてゆっくりと頷くと、穏やかな笑顔を浮かべた。
思いの強さが世界を変える。
平凡な自分でも、強く望めば夢がかなう。そう教えてくれたのは、誰でもないこの青年だ。
そしてその言葉通り、アンジェリークは「女王になる」という夢を叶えた。
だから……信じよう。夢見ていよう。もう一度、この人の言葉を信じよう。この人と同じ夢を見よう。
いつかきっと、ランディ様と二人で、未来に向かって行くことが出来るって……信じよう。
いつかきっと、二人で微笑みあえる時が来ることを……夢見ていよう。