「うわぁ……きれい」
彼女の手の中には小さなペンダントが乗っていた。
金色の鎖についたペンダントヘッドには淡い若草色の石が上品に埋め込まれている。
「ペリドット、っていうんだ。君の瞳の色に似てるだろう」
言いながらランディは何かを思い出したらしく、頭を掻きながら笑う。
「ロザリアに見立ててもらおうと思って一緒に行ってもらったんだけど」
「ロザリアに?」
尋ねた途端、思い当たることがあったのか、アンジェリークはあっと小さく声を上げた。
「そういえば一昨日。ロザリア、すごく急いでた……」
午前中の育成が終わっての聖殿からの帰り道。
足早に目の前を行くロザリアに向かって「お昼ご飯一緒に食べようよ」と声をかけたのに、にべも無く断られたのを思い出したのだ。
「うん。わざわざ時間を作ってもらったんだ。なのに俺、それが一目で気に入っちゃってさ。わたくしの出番はありませんのねって笑われちゃったよ」
アンジェリークは、手の平で夕日を受けて小さく輝くペンダントをじっと見つめた。その手元を覗き込み、ランディは優しく囁く。
「ペリドットってね、『太陽の宝石』って呼ばれてるんだって。魔力を解き放ち、悪霊を追い払う力があるらしいよ。だから大事に持ってて欲しいんだ。俺の代わりにきっと……君の事をこの石が守ってくれるから」
「ランディ様の……代わり?」
アンジェリークが潤みかけた瞳で見上げると、ランディは僅かに表情を引き締めて軽く頷いた。
「うん。ホントは俺が一番近くで君を守りたかったけど……でも、もう」
「……ランディ様」
アンジェリークが言葉に詰まると、ランディははっと我に返った。そして唇をぐっと噛みしめた後、苦い微笑みを浮かべる。
「……ごめん。君を困らせるような事はもう言わないって約束したのにね」
アンジェリークは手の平に乗せたペンダントをぎゅっと握りしめ、ふるふると首を振った。
「ごめんなさ……い」
「君が謝ることじゃないさ。だって夢だったんだろ? その夢がかなうんだろ? 素晴らしいことじゃないか」
そうアンジェリークに告げるランディだったが、それは自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「……ご、めん……なさ……い」
呟いた途端、アンジェリークの瞳からぽろぽろと涙が零れ始めた。
身体を小さく丸めて嗚咽するアンジェリーク。
その様子を黙って見つめていたランディだったが、やがて彼女を包み込むように抱きしめた。
「……ごめん。俺、この間から君を泣かせてばかりだ」
女王になりたい。
いつの頃からか、この少女は凛とした瞳を向けてそう言うようになっていた。
それをランディは素敵なことだと思っていたし、応援しようと思っていた。そして、そんなアンジェリークだから自分は好きになったのだと。
でも彼女が女王になると聞いた時、そう簡単に割り切れない自分の心を初めて自覚した。その気持ちを思い切って伝えてみた。するとアンジェリークは寂しそうに顔を伏せた。
うつむいた彼女の足下に水滴が零れて滲んでいるのを見た時、ランディはこれ以上何も言わないようにしようと心に誓った。
彼女もまた苦しんでいるのだとわかったから。悩んで苦しんだ結果、女王になると決めたのだとわかったから。
だが理屈では割り切れても、行き場を失った想いはそう簡単には消えない。だからその想いを、せめて彼女に伝えたかった。
今は受け入れてはもらえなくていい。ただ自分はこれからも変わらない。アンジェリークへの気持ちをネックレスに込め、彼女に手渡すことにしたのだった。
腕の中で何度も小さく謝り続けるアンジェリークの耳元に、躊躇いながらランディは顔を近づけた。
「……ごめん。君が困るのわかってるけど言うよ。どうしてもこれだけは君に伝えておきたいから」
彼女の躊躇いを感じたが、ランディはついに言葉を止めることが出来なかった。
「自分の気持ちを一方的に押し付けているだけかもしれない。でも、今言わなかったら、俺はたぶん死ぬまで後悔する。だから……聞いて欲しい」
ランディが必死で堪えるように呟くと、アンジェリークの身体が微かに震えた。
「アンジェリーク。俺、君が好きだ。これまでも、そしてこれからも。それだけは覚えておいて」
アンジェリークは腕を微かに動かすと、ランディの背中に手を回して彼の上着をぎゅっと握りしめる。
「わ、た……も、ランディ様が……好き。大好き……。ずっと……い、っしょに、って……でも……わた、し……。ごめ……なさ……い……」
漏らした言葉と一緒に、新しい涙がアンジェリークの頬を伝ってランディの胸元を濡らした。
平凡でなんの取り柄もないと思っていた自分が、どんな偶然からか女王候補として選ばれた。けれど試験が進むうちに、エリューシオンを見守り、慈しみ、育てているうちに、それは偶然ではなかったのだとわかった。
自分はこんなにもこの世界が好きだ。エリューシオンの民が好きだ。そう思う、この気持ちこそが、女王として自分が選ばれた理由なのだとわかった。
だからアンジェリークは女王になりたいと願い、それを叶えた。でも、それとは別の部分で、似たような感情も芽生えていた。
昼間聞いた少女の言葉が、アンジェリークの脳裡に蘇る。
「お姉ちゃん、ランディ様が好き?」
うん……好きよ。誰よりも……好き。わたし、ランディ様が大好き。
世界とか、女王とか、そんなもの関係ない。わたしは、わたしとしてランディ様が好き。ずっと一緒にいたいよ……。
だがその二つの感情は、並び立たせることは許されない。女王となるか、ランディをとるか。どちらかしか選べない。
そしてアンジェリークは女王となる道を選んだ。自分の夢を叶えた。
そして、それでよかったと思っている。
でも、引き裂いたもう一つの想いも消せなかった。
だから区切りを付けたくて、「もう終わったのよ」と自分を納得させたくて、明日聖地ヘ行くという最後の休日に、ランディにデートしてほしいと頼んだのだった。
ランディにぎゅっとしがみついて、アンジェリークは込みあげてくる涙をなんとか止めようと必死になっていた。
今まで我慢していたのに、最後の最後にランディの記憶に残るのが自分の泣いてる顔なんていやだ。ランディには自分の笑顔だけを覚えていて欲しい。
口をヘの字に曲げたり、眉を顰めたりと涙を止めようと無駄な努力をしているアンジェリークの頬に、ランディの暖かい手がそっと触れた。
顔を上げると、ランディが困ったような表情を浮かべてアンジェリークを見つめている。
「ごめん、アンジェ……」
その顔を見つめていたアンジェリークは、やがて顔を涙でグシャグシャにし、嗚咽しながら軽く笑った。
「……ランディ、さま……さっきから、謝って……ばっかり……」
「え?」
「そんな……に、あやま……らないで。わたし、泣き虫だから……ランディ様が、あや、まっちゃうと……な、なみだが……止まらなくなっ……ちゃう……」
「ご、ごめん……」
言った途端「あ!」と目を白黒させるランディを見上げていたアンジェリークは、ぷっと軽く吹きだしたかと思うと身体を小刻みに震わせてくすくすと笑いだした。
「そ、そんなに笑わなくてもいいだろう?」
ほんの少し不満そうに呟くランディの声にアンジェリークの軽い笑い声が被さる。その軽やかな笑い声は、すっかり日が落ちて静寂の訪れた庭園の外れの小道に響き渡った。