君色想い

(4)

ようやく仕事が片づいたランディは、立ち上がるとウーンと伸びをしながら窓の外を眺める。

昼間のきつい光とは違って緩やかな光を放つ太陽は、そろそろ地平線に沈もうかといったところだ。

女王試験の行われていた頃は、そろそろ王立研究院に行って女王候補達に依頼されただけの力を大陸に注ぐためまだ仕事をする時間だったが、その試験も数カ月前に終わり、いまは聖地に戻っている。

新しい力に溢れた女王ロザリアと、新しい補佐官でありランディの為に共に聖地で生きると決意してくれたアンジェリークと一緒に。

感慨に耽りながらふと窓の下の方を見下ろすと、マルセルがなにやら花を両手に抱えて走り去っていくのが見え、ランディは慌てて窓を開けると身を乗り出して叫んだ。

「マルセルっ! なに慌ててるんだい?」

声をかけられたマルセルははた目にもわかる程飛び上がり、恐る恐る顔を上げて花に埋もれたまま軽く手を振ってきた。

「ラ、ランディっ!……まだ、いたんだ…」

「え?」

「あ、あのっ! ぼ、ぼくね、急ぐからっ。それじゃまた明日ねっ!!」

「ち、ちょっと待てよっ!」とマルセルを呼び止めると、今度は下の廊下からひょっこり顔を出したアンジェリークがマルセルに走り寄った。

にこにことマルセルに話しかけるアンジェリークに向かって、なにやらマルセルはしきりに目配せをしている。

不審に思ったアンジェリークは、マルセルが顎で指し示す方向に顔を向けて思わず悲鳴を上げた。

「ラ、ララランディッ!!?」

「アンジェっ! 駄目っ!」

マルセルが慌てて花籠を地面に下ろしてアンジェリークに駆け寄り、その口を押さえようとしたが時すでに遅し。ランディはきっと表情を引き締めると、二階の窓からすとんと飛び降りて二人に向かって怖い顔で近づいて来るではないか。

「二人とも何があったんだ。俺の顔を見て悲鳴を上げるなんて、俺に何か隠し事があるんだろ?」

「か、隠し事なんかないよ、やだなぁ。ね、アンジェ?」

マルセルの問いかけに、アンジェリークはこくこくと無言で何度も頷く。

ランディはマルセルをちらりと見た後、再びアンジェリークに向き直り、彼女に近づいていった。するとアンジェリークは無意識だろうがじりじりと後ろに下がっていく。

「アンジェ。俺に言えない様なことをしてるのかい?」

アンジェリークはふるふると首を振る。

「じゃあ、話してくれるよね? 何かあったんだろ?」

この問いかけにもアンジェリークは首を振る。

「なんにもないのに俺にも話せないって言うのかい? それっておかしいとは思わないか?」

アンジェリークは俯いたまま、答えようとしない。

「アンジェリーク。ちゃんと俺の目を見て答えてくれないか。それとも俺の顔をまともに見れないような事をしてるっていうのか?」

アンジェリークは俯いたままぶんぶんと激しく首を振ると、顔をすっとあげてランディを見つめて息を飲む。

するとみるみるうちにその大きな瞳に涙が溢れだして、今度はランディが息を飲んだ。

「や……だ。そんな怖い目をしてわたしを見ないで……。ランディは……いつも優しかったのに……そんな顔した事なかったのに。ランディに……そんな目で見られたら……わたし、ここにいられなくなっちゃう。そんなの……いや……よぅ」

アンジェリークはそう呟くと、両手で顔を覆ってしゃくり上げ始めた。その様子を見ていたマルセルは慌てて彼女を庇うようにしてランディの前に立ち塞がり、彼を睨み上げた。

「ランディ、ひどいよっ! アンジェはなんにも悪い事はしてないのに疑うなんてっっ! 訳は言えないけど、アンジェが悪い事をするはずがないってことくらいわかるでしょ? ランディを裏切るようなことはしないっていうことくらいわかってるはずだよっ! なのにアンジェを泣かせるなんてっっ!!」

「マルセル……俺はっ!」

「……もういい、マルセル」

マルセルに食い下がろうとするランディの後ろから、ふうっというため息と共に諦めたような呟きが聞こえてきた。

ランディとマルセルが振り返ってみると、そこには僅かに肩をすくめたゼフェルが壁に寄り掛かって立っていた。

「ゼフェル……」

「肝心なところは鈍いくせに、変なところは目ざといんだよな。ま、アンジェリークに話した時点で、こいつにもバレるんじゃねぇかって覚悟してたから…もういいや」

そう言うとゼフェルはマルセルが落した花篭を拾い上げ、まだぐすぐずとしゃくり上げているアンジェリークをちらりと見て、表情を緩めた。

「……悪かったな。おい、ランディ野郎。てめぇも自分の女を疑ったりすんじゃねぇよ。それでなくともすぐ泣くってのに、てめぇが泣かせてどうすんだよ」

「ゼフェル…」

「ちゃーんと掴まえとけよ、手が届かなくなってから後悔したって遅いんだかんな」

 

ロザリアはアンジェリークの手から渡された小箱をそっと手の平に乗せてみる。緩やかなカーブに縁取られた上蓋には、大きな薔薇の花とそれを囲むようにした小さな薔薇の彫刻が9つ上品に彫り込まれている。

「この薔薇がね、ロザリアなんだって。そしてこの周りの薔薇がね」

「……守護聖様方というわけね。ふふっ、なかなか洒落ているわね」

ロザリアはくすっと笑うと、小箱の蓋をそっと開けた。

蓋が僅かに開くとかちりという小さな音がして、歯車が軋む音に混じってゆったりとした旋律が流れ始める。

金属の立てる独特の音で奏でられるその音楽を聞いたロザリアは、一瞬目を瞠りその後すぐに、とても懐かしそうな表情を浮かべた。

「……ゼフェルったら、こんな事まで覚えていてくれたのね」

しばらくその旋律に目を閉じて聞き入っていたロザリアに、アンジェリークは恐る恐る尋ねてみる。

「こんな事って…?」

ロザリアは目を開けるとアンジェリークを見つめてふふっと軽く笑う。

「私がね、初めて人前で弾いた曲よ。皆から初めて誉められてとても嬉しかったわ。そんな思い出が詰まった曲なの。そして……」