君色想い

(3)

「ゼフェル、ここに置いとくよ?」

「おう、サンキュ」

口に銜えていたドライバーを持ち替えると、ゼフェルは視線を上げずに答える。

それでもマルセルは怒らず、ゼフェルの側にそろそろと寄りそうと膝を抱えてしゃがみ込んで、ゼフェルの手元を見つめながら軽い笑みを浮かべて呟いた。

「うまくいくと良いね」

「…ああ」

「喜んでくれると良いね」

「……まぁな」

うわのそらで答えたゼフェルはふと顔を上げ、マルセルの足元に転がる電動式のカッターを指差した。

「……それ、取ってくれ」

「あ、うんっ」

キュイイーンと微かにモーターの動く音が聞こえ、それが治まるとゼフェルは手にしていた小箱をくるりとひっくり返して軽い笑みを浮かべた。

「出来たの?」

「一応な。あとはヤスリで磨いて表面を滑らかにすれば完成だ」

ゼフェルの満足そうな答えに、マルセルは嬉しそうに身を乗り出した。

「よかったぁ、間に合って」

「んだょ、その言い方。まるでオレの腕を信じてなかったみたいじゃねぇか」

「そうじゃないよ?。だって細工が大変だって言ってたから心配だったんだもん」

「慣れない模様だからめんどくせーって言っただけだろーっ」

ゼフェルはむっとしてマルセルを軽く睨んだがすぐに表情を緩めて立ち上がり、作業着についた木屑を乱暴にはたき落とした。

そのもうもうとあがる木屑の埃に巻かれたマルセルはけほけほと咳をしながら立ち上がってゼフェルを睨みつける。

「もーっ、ゼフェルったらっ! 埃を払うんなら先に言ってよね。…クシュンっ!」

「あーわりいわりい。でもよー。おまえもいつまでもぼーっと座ってんのがいけないんだろ」

悪びれた風もなくゼフェルはさらりと言ってのけると、ウーンと両手を天井に突き上げて大きく伸びをする。

「…ってことは問題はあとひとつか。あ?あ……でもこれが一番厄介だぜ」

ゼフェルがふうっと肩の力を抜いて両手を下ろし交互に肩を回しながら呟くと、マルセルが不思議そうに首を傾げた。

「どうして? 彼女に言うだけなんだから簡単じゃない」

マルセルがさらりと答えると、ゼフェルはふうっと息を吐いて軽く頭を掻いた。

「バーカ。下手にあいつに言ってみろよ。輪をかけたバカに筒抜けになる可能性があるだろ?」

「別にバレたっていいと思うけどな。ランディだったら協力してくれるよ?」

「ばっ! あいつにバレてみろっ!『ゼフェル、おまえっていい奴だな。よーし、俺が全面的に協力してやるよ。さあっ、俺の勇気のサクリアを君にっ!!』とか言って大騒ぎするに決まってっだろっ! んなのに付き合いきれるかよっ!」

ゼフェルが心底うんざりした顔をするのを見て、マルセルもうーんと腕を組んで思わず頷いてしまう。

「確かにそうだね。……なんとかランディにはばれないようにするしかないのかぁ」

「だから難しいってんだよ。…あいつ、口は堅いんだろうな?」

「アンジェの事? 多分、大丈夫だよ。ちゃんと言っておけば」

「そうかぁ? なんか心配なんだよな、あの補佐官さまもよ。……ったく、あの二人くらい似た者夫婦はいねぇよな」

「まだ結婚してないよ?。ちゃんと付き合いだして3ヶ月くらいだもん」

「3ヶ月も経ってんのに、聖殿であんなことしてんのか? バカじゃねぇか」

「ゼフェル――っっっ!!」

 

 ゼフェル言うところの「頼りない補佐官&能天気カップルの片割れ」アンジェリークは、ようやく集まった書類やら資料やらを両手いっぱいに抱えて、扉を開けようと奮闘していた。

ウーンウーンと唸りながら紙の束で見えないノブを廻そうと腕を伸ばす。

ようやく爪の先がドアノブにかかってほっとした途端、扉が奥へと引き込まれ、思いきり伸ばして掴んだ手ごと部屋の中に引きずり込まれてしまった。

「いやぁぁぁーーんん!!」

ばさばさっっっっと紙が辺りに飛び散る音と同時にアンジェリ?クの身体が床とご対面する。

紙の上に倒れ込んだから先程のような痛みはないが、それにしてもよくもこれだけ一日のうちでドジを踏めるものだと、アンジェリークが我ながら感心していたその時。

「何でこんな所で寝てるのよ?」

頭の上からため息交じりの声が聞こえ、アンジェリークは首を傾けて立っている人の足元から舐めるようにして視線を上へと向けた。

「寝てるわけじゃないわ、陛下。扉が急に開くから引っ張られちゃって……」

「床とキスしたっていうの? キスの相手は一人にしておいたほうがいいと思うけど?」

ロザリアはふうっとため息をつくとその場にしゃがみ、アンジェリークの手を取って立たせるとぱたぱたとドレスの埃を軽く叩き落としてやった。

「ありがとう、ロザリア」

アンジェリークはにこりと無邪気な笑顔を向けてくる。そして床に散らばった書類をかき集めとんとんと揃え始めるのを見て、ロザリアはついくすっと笑ってしまった。

「え、何? どうしたの、急に?」

「ほんとにもうあんたったら。宇宙広しと言えども、女王の目の前で転んで助け起こしてもらったうえに埃をはたいてもらったのって、補佐官とはいえあんたくらいなものよ。おまけに『ありがとう』だなんて」

「え、え、え? へ、変なの? だって助けてもらったからありがとうって言っただけ…」

「そういう事ではないわよ。……クスッ、ほんとにもうあんたってば……」

くすくすと笑い続けるロザリアをじっと見つめ、アンジェリークは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「やっぱりわたしって頼りないよねぇ。補佐官っていってもロザリア…じゃなかった陛下に、全部教えてもらってようやく勤まってるって感じだもんなぁ。あ?あ、そう考えるとディア様って凄い人だったんだなぁ。いつもにこにこしていて穏やかそうで、でも仕事はきちんとこなしてて……。わたしとは比べ物にならないくらい凄い方だったのね。真似できるのって……このピンクのドレスくらいかも」

聖殿の中庭に作られた噴水の端に座り、アンジェリークは頬杖をついたままふーっと大きく息を吐き出した。そのままぼーっと前を見つめ、ふたたびはあ?っとため息をつく。

「辛いと思った事はないし、家族と離れて寂しいって思った事も……ちょっとあったけど、でもランディが側にいてくれるならって……思ったんだけどな。ランディが一緒にいてくれれば、どんな事だって出来るって思ってた。でも……意気込みと実力は違う物なんだもんなぁ?」

ふにゃーっと自分の膝に上体を預け、アンジェリークはぶらーんと垂らした手を動かして自分の膝を抱え込む。

「なんか……落ち込んじゃうなぁ。せっかく陛下が『補佐官に』って推薦してくれたのに。わたしはその陛下のお役に全然立ってなくて。期待に答えられなくって……」

一人っ子だったアンジェリークは、時々こういった発作に襲われる。いわゆる「甘えたい症候群」である。

必死で頑張るところは彼女の長所であるが、その努力が報われなかったりすると途端に落ち込む。そして誰かに甘えたがるのである。そして慰めてもらって満足すると、前以上のパワーで復活する。

反してランディは「甘やかしたい症候群」であった。つまりそれまでの自分の精神状態がどんなに最悪だったとしても、誰かから甘えられると途端に気力を持ち直して復活するという長所(?)を持っていた。

この需要と供給がピッタリ一致した二人がカップルになるのは、まあ当然といえば当然だったのだろう。

不自然に上体を倒したまま、膝を抱えて噴水の端に座るアンジェリークをじっと観察していたゼフェルは、前に踏み出そうとしていたマルセルの腕をぐいっと掴んで引き戻す。よろけたマルセルはゼフェルにしっかとしがみついて不満そうにその顔を見上げた。

「もーっ! なに、どうしたの? 早く行こうよ」

「おまえっ! あいつのあの姿見てなんとも思わねぇのか?」

「なんだか落ち込んでるみたいだから、二人で慰めてあげようよ。それから話をしたっていいじゃない」

「ヤバイって言ってるだろっ! ああいう時のあいつはな、ぜっったいバラすぞ! あの能天気野郎に何もかもぶちまけるに決まってるっ!!」

さすがはゼフェル。アンジェリークとランディの関係を本人達以上に的確に捉えている。

「大丈夫だよ。アンジェはね、誰かに相談に乗ってもらうと元気になる子なんだから。だからぼく達がランディより先に話を聞いてあげればいいんだよ。そしたらあっという間に元気になって、今度はぼく達の相談に乗ってくれるよ。ああ見えてもね、結構頼られるのも好きなんだよ」

知らなかったでしょ? とにっこりと微笑むと、マルセルはすたすたと歩きだしてアンジェリークに声をかけた。

そして彼女が顔をあげると同時にすとんと隣に座り込んで、すっかり話を聞く姿勢に入っている。

その素早さにゼフェルは一瞬言葉を失ったが、余計な奴が来ないうちにと、ぽつりぽつりと話始めたアンジェリークとマルセルの側に走っていった。