『私、女王になります、ゼフェル様。ですからこんな風にお会いしておしゃべりできるのも、多分今日で最後ですわね』
『……おまえはよ』
『はい?』
『おまえはそれでいいのか? 女王になってこの宇宙を治めて。家族とも友達とも離れることになって……それでもおまえは女王になるのか?』
『……それが私の決めた道ですから』
『後悔するかもしれないぜ? 皆と会えなくなって、この聖地から出て行く事も出来なくなるんだぜ』
『私は自分を信じます。誰に強要されたわけでもない、私自身の選択ですもの。私はロザリア・デ・カタルヘナですわよ、ゼフェル様。私に後悔なんていう言葉は似合いませんわ』
ロザリアがそう言ってにこりと笑うと、ゼフェルはしばらくその笑顔を見つめてふっと視線を逸らした。そして天を見上げてにやりと笑う。
『そうだよな。弱気なおまえなんておまえらしくないよな。アンジェリークを怒鳴りつけてるときのおまえが、一番生き生きしてるもんな』
『それでは何だか、私がいつも怒ってばかりいるみたいじゃないですか』
ロザリアがむっとすると、ゼフェルは無邪気な笑顔を浮かべて答える。
『違ったか? あいつを怒ってるとこしか見た事ないぜ』
ロザリアは、時折見せてくれるゼフェルの無邪気な笑顔を見ると、なぜか心が落ち着いたのだった。
そう思い始めたのはいつからだったかわからないけれど、それは今でもとっても大切で、心の奥にいつまでもしまっておきたいくらい素敵な思い出になっていた。
「その時に、ゼフェルにも弾いてあげたの。最後の思い出にしましょうって。ちゃんと……覚えていてくれたみたい」
「ロザリア、もしかして……わたしが……」
ランディと…と続けようとしたアンジェリークの口を手で制すると、ロザリアは柔らかく微笑んだ。
「勘違いしないで、アンジェリーク。あんたがどうのこうのという事ではなくて、私は私の選んだ道を進むだけ。後悔もしていないし、これからするつもりもないわ。だからあんたも、あんたの選んだ道を真っ直ぐお行きなさい。それくらいしか取り柄がないんだから」
「も?っ、ロザリアったら?っっ!」
アンジェリ?クはロザリアの言葉に一旦は怒ったが、すぐに考え直してはぁ?っとため息をつく。
ロザリアはその様子を眺めてくすっと笑うと立ち上がり、小さなオルゴールを愛おしげに撫でるとそっと棚の一角に乗せた。それをちらりとみたアンジェリ?クはあっと声をあげると慌てて立ち上がる。
「そ、そうよ、ロザリアっ! まだ夢の続きがあるのっ!」
「え、な、なんなのよ、いったいっ!?」
困惑するロザリアの手を取ると、アンジェリークはすたすたと部屋を横切りバルコニーへの扉を開ける。風がふわっと吹き抜けたせいでレースのカーテンが舞い上がり、それはロザリアの頬を優しく撫でていく。
しかしロザリアは思わず目を瞑ってしまった。
「遅くなってごめんなさーい!!」
アンジェリークの声に恐る恐る目を開けると、バルコニーの下から少し擦れた声が怒鳴り返してきた。
「おっせーよ!! 風邪引いちまうだろっ!」
「これくらいの夜風だったら涼しくていいじゃないか。風邪なんか引きやしないさ」
「オレはなぁっ! おめーみてーなお気楽野郎と違ってデリケートなんだよっ!」
ロザリアはアンジェリークの手を振りほどくと、バルコニーの柵から身を乗り出して下を覗き唖然とする。
「ゼフェル! ランディ、マルセルまで……。あ、あなた達っ、ここがどういう場所だかっ!」
ゼフェルがこちらを見上げてにやりと笑う。
「知ってるぜ。女王陛下のお屋敷の中庭だろ? そこにいる親切な補佐官さまが、ここまで案内してくれたぜ」
ロザリアはばっと顔を上げると、照れ臭そうにつっ立っているアンジェリークに向き直った。
「アンジェリーーーークーーーーっっっ!! あんたって子は――?っっっ!!」
「えへっ、今回だけ特別って事で許可しちゃった。ゴメンね、ロザリア」
ロザリアは頭を抱えてしゃがみ込みたい衝動に駆られていた。
大体女王の屋敷に守護聖が直接来ることなど許されてはいないし、ましてやもう時刻は夜である。こんな時間に男性が女性の屋敷を訪ねるなど、守護聖だとか女王だとかいう以前の問題だ。
「ロザリア……? あの、ね……怒っちゃった……よね? ねぇ、ロザリアぁ」
アンジェリークは黙り込んで俯くロザリアの様子に、急に不安を覚えて表情を曇らせると彼女の側に忍び寄り、恐る恐る手を伸ばした。
すると伸ばした手を不意に捕まれ、アンジェリークは思わずひゃあっと悲鳴を上げた。その悲鳴を聞いたロザリアはくすっと笑うと顔を上げ、心臓をバクバクいわせているアンジェリークに向かってふんっと踏んぞりかえって見せる。
「どう、驚かされた気分は? あんたって子は、ほんとにいつもヒヤヒヤさせてくれるんだから」
そして、すっと髪をかき上げると階下のゼフェルに向かって叫ぶ。
「もう少しお待ち下さいね、ゼフェル……様。今、ヴァイオリンを持って参りますから。夜露に濡れながら、月夜の唄でもお聞かせいたしますわ」
ゼフェルも上を見上げながらにやりと微笑み返して返事をする。
「久しぶりに弾くんだろ? 腕が鈍ってないか、オレが確かめてやるからよ」
「おっしゃいましたわね」
そう返すとロザリアもふわりと笑って、部屋の中へと姿を消した。
「くしゅんっ!」
アンジェリークはくしゃみをひとつすると、ぶるっと身体を震わせた。
「寒いの?」
「え? あ、う、うん」
アンジェリークが頷くと、ランディはマントを外してアンジェリークの肩からそっとかけてやる。そのマントに包まりながら、アンジェリークはふふっと照れ臭そうに笑って呟いた。
「……このマント、ランディの匂いがするね」
「え? な、なんか匂うかい?」
そう言われたランディは慌てて自分の袖口を鼻先に持っていって匂いをかいでみたりする。
「ううん、そうじゃなくて。あのね……昼間の干し草みたいな匂いがするの。あったかーくて優しくって。包まってるととっても気持ちが良くって……すごく安心できるんだ」
「……それって、なんか複雑な気分だな」
「どうして?」
ランディはうーんと悩んで腕を組んだ。
「だってさ、好きな子に『あなたは安心できる人だわ』って言われても……なんかさ」
その様子を見ていたアンジェリークは、やがてくすっと笑うとぴょんと跳ね上がってランディの二の腕にしがみついた。そしてぎゅっと握りしめると目を瞑る。
「そんな事ないよ。……ほら、こうやってぎゅってしてるとね、すっごくドキドキするもの。でもそのドキドキは……とっても気持ちいい」
アンジェリークにぎゅっとしがみつかれて、ランディは別の意味でドキドキしていた。
『ア、アンジェって……細く見えるんだけど、けっこう……その……』
「ランディ?」
「え? あ、い、いや変なことなんて考えてないよっ!」
「変なこと……って?」
「あ、い、いやっ! だ、だからっ!」
「……変なランディ」
アンジェリークは慌てるランディをじっと見上げてぽつりと呟いた。そしてその後くすっと笑うと、更に力を込めてランディにしがみつく。
「でも……大好き!」
ランディが必死で自分を押さえているのも知らないアンジェリークは、自分の屋敷に帰るまで上機嫌だった。
反対に彼女を送った後、ひとり私邸に戻るランディはがっくりと肩を落し、大層お疲れのご様子だったそうである。