――まったく、我ながら感心するぜェ。
頭は痛いわ、ダルイわ最悪のコンディションだってえのに、こうして律義に起きてくるんだから。
ったく、俺ってば、どこまで人がイイんだか――。
「お待たせしました~」
パタパタという足音が厨房から聞こえてきたかと思うと、両手に小降りの皿を持ったエンジュがにこにこと笑いながら姿を現わした。
「お口に合うと良いんですけど」
言いながらレオナードの側に回り込むと、彼の目の前にことんと料理の乗った皿を置く。
テーブルクロスに合わせたらしいモスグリーンのリボンを三つ編みに付け、白いエプロンを纏ったエンジュは、座っているレオナードの顔を見下しながらメニューを告げた。
「ええと、これがじゃがいものサラダ-ハンブルク風とグラーシュスープ、で、こちらがメインのライン風サウアーブラーテン。すぐにパンとバターを持ってきますね!」
エンジュの楽しそうな声を受け、目の前に置かれた小難しい名前の料理に視線を向けたレオナードはがっくりと肩を落とした。
「オマエな……」
「なんですか?」
「二日酔い明けで睡眠不足な俺様に、これを朝っぱらから喰えっての?」
「食べられません…か?」
「……食えねぇだろ、フツー」
レオナードが呆れたように呟くと、エンジュの瞳がみるみるうちに翳りだした。彼女はしゅんと頭を垂れ、その様子にぎょっとしたレオナードから視線を外して両手をきゅっと握りしめた。
「……そう、ですよね。私なんかが作ったお料理じゃ、レオナード様のお口に合うわけないですよね……」
「いや、そーじゃなくてよ」
「始めてのメニューだったから、本を見ながら頑張ってみたんですけど……」
「朝からこんなに張り切ることねぇだろが」
「だって喜んでもらいたくて。でも……ごめんなさい、やっぱりレオナード様のお気に召さなかったんですね」
「……………わーったよ。喰えばいいんだろ喰えばっ!」
叫ぶとレオナードはテーブルに置かれていたナイフとフォークをがしっと掴むと、目の前に置かれたコテコテのソースのかかったサウアーなんとやらいう肉料理にぐさりと突き刺した。
途端にむわっと沸き上る肉とソースの香ばしい香りにぐっと胸の奥から何かが込み上げてきたが、それを必死で押し殺し、レオナードはフォークを持ち上げてなるべく匂いをかがないようにと息を止めて口元に運んだ。
「いただきますっ!!」(ヤケクソ)
「はい、どうぞ召し上がれ」
さっきまでの落ち込みようが嘘のように、エンジュは満面の笑みを浮かべてレオナードの動きを見守っている。
ぱくっ
……………………………………………………。
「どうですか?」
「………………」
エンジュはレオナードをじっと見つめていた。
しかしレオナードは、右手にナイフ、左手にフォークを握ってテーブルに突っ伏したまま動かない。
「レオナード様?」
「…………………………」
かなりの時間が流れた後、さすがに不安になったエンジュが軽く首を傾げた時、不意にレオナードがナイフとフォークをテーブルに置いた。そして突っ伏した格好のまま、手の平を上に向けて人差し指を立て、くいくいとエンジュに向って手招きをするように動かした。
「レオナード、様?」
「…………………………」
問い掛けても返事をしないレオナードの様子に、エンジュは動悸が激しくなった胸を押さえながら身体を屈めて、その顔を覗き込んだ。
「あの…やっぱり…………」
美味しくなかったですか?と続けようとした言葉は、突然自分の方に伸びてきたレオナードの腕と唇に遮られた。
何が起こったか理解できないままのエンジュは、レオナードにキスされても、ぱちくりと何度もまばたきを繰り返すだけだ。
しばらくしてレオナードがそっとエンジュから唇を放し、ボーッとなっている彼女を見上げた。と、その途端、エンジュは慌てて口元を押さえて顔を背けると、テーブルに手をついてその場にしゃがみ込んだ。
「………う、ううっ」
「どーよ? 俺様の苦しみがわかったかァ?」
勝ち誇ったように腕を組むレオナードに背を向けたまま、エンジュは涙目になりながら軽くせき込んで呻いた。
「うぇぇ………レ、レオナード様、お酒臭いぃぃっ………」
「……そうくるか」
エンジュの手がふらふらと宙を彷徨っているのを見たレオナードは、水差しを手に取ってコップに水を酌むと「ほらよ」と呟き彼女の手に握らせた。
するとエンジュはその中身をごくごくと飲み干し、大きく息を吐いてからようやく立ち上がって首をかしげた。
「げほっ、こほっ…………。ううっ、おかしいなぁ。なんでこんな味になっちゃったんだろう……?」
「作り方間違ったんだろ」
レオナードがぼそっと呟くと、エンジュはくるりと振り返った。
「そんなはずありませんってば! だって本に書いてある通りに作ったんですよ!? ちょっとアレンジはしましたけど」
「アレンジぃ?」
レオナードが頓狂な声を張り上げると、エンジュは腰に手を当てて得意げに胸を反らした。
「はい。レオナード様は辛いほうがお好きだと思ったので、『小さじ一杯』って書いてあったコショウを三杯入れてみたんです」
「……コショウが多いだけじゃねぇぞ、あの奇っ怪な味付けは」
まだ咽喉の奥に残る不快感に顔をしかめ、レオナードはエンジュの手からコップを取り上げると、再び水差しを取り上げた。
「まーだ他になんかしただろ、ああ?」
糾弾されて心当たりがあったのだろう。エンジュは「うっ」と言葉に詰まると眉をひそめつつ数歩後ろに下がった。
「……ピリピリするだけで味がしなかったから……お塩を」
「そんだけ?」
「あと……辛くなっちゃったかな、と思ったから……お砂糖」
「レシピ通りにか?」
「………………どっちも三倍くらい、です」
「……オマエ、俺様を殺す気だったワケ?」
「ご、ごめんなさい…」
しゅんと俯くエンジュの栗色の頭をじっと見つめ、やがてレオナードはぽりぽりと頭を掻いた。
「オマエ、お菓子作るの好きだって言ってたよな? だったら舌の感覚鈍いってことねぇだろうに、なんで味見した時に気がつかなかったのよ?」
するとエンジュは顔を上げ、レオナードをまじまじと見つめ返しながら不思議そうに目をしばたたせた。
「え? 私、お菓子を作るときはいつも目分量で作っちゃってますけど……。このくらいお砂糖を入れたらおいしいかな~って感じで。でもたまに多すぎたりするんですけどね。あとお砂糖とお塩を間違えちゃったりとか。えへへ、よくやっちゃうんです」