そう。
彼女の場合、あくまでも「お菓子を作るのが好き」なのであって、「お菓子を作るのが上手い」のではなかったのである。
がっくりと肩を落とすレオナードの様子に、エンジュはただきょとんとした表情を浮かべるだけだ。
「レオナード様、あの……まだご気分悪いですか?」
「……いや、もー、どうにでもしてくれって気分なだけっつうか……ま、次はせめて味見してくれや、頼むぜ」
「はい、ごめんなさい。……って、あの、またチャレンジさせてくれるんですか!」
「……朝メシ以外ならな」
レオナードがそう呟いてコップに入れた水をぐいっと飲み干す前で、エンジュはぱっと表情を輝かせ両手をぐっと握りしめて興奮気味に身を乗り出した。
「はい! 今度こそレオナード様に喜んでもらえるように、頑張って手の込んだお料理作りますから!」
「いやフツーでいいから、フツーで」
また張り切りすぎてとんでもないものを食べさせられたら堪らないので、レオナードはひらひらと手を振りながら本気で答えた。
「にしても、エンジュ。なんでいきなり俺様にメシ作る気になんてなったのよ?」
さすがにこの味付けでは、レオナードに全部食べさせるわけにいかないと思ったのだろう。「もう少しお砂糖足したら美味しくなるかなぁ……」と不気味なことを呟きつつも片づけを始めたエンジュに、レオナードは頬杖を着いた格好で問いかけた。が、すぐに意地の悪い笑みを浮かべつつ「あ、やっぱ惚れてるからかァ?」と言いながら、エンジュの背中をぽんと叩いた。
エンジュは押された弾みで前に数歩よろめき、両手に持った皿の中身が無事なことを確認してから振り返って、ほんのりと頬を染めつつも顔をしかめて「べーっ」と舌を出した。
「違いますよーだ」
「んだよ、照れなくていいんだぜェ、エンジュちゃんよぉ」
「ホントに違いますってば、もうっ! 他の皆さまのところにも順番に廻るつもりですもん。レオナード様がたまたま最初だっただけですってば!」
「ほうほう、他の奴のところにもねぇ……ん? ってなんでまたそんなメンドーなこと考えてんの?」
するとエンジュは改めてレオナードに向き直り、手に持っていた皿をテーブルに戻してから、にっこりと笑った。
「皆さまに、故郷の味を味わっていただきたくて!」
「はぁ?」
レオナードが頓狂な声をあげて頬杖を外すと、エンジュは胸の前で手を合わせて祈るようなポーズをしてみせた。
「皆さまは、それぞれの立場やお仕事もあったのに、こうして守護聖になって下さいました。でも、きっと故郷には特別の思い入れや残しがたい気持ちとかあったと思うんです。なのに、私なんかのお願いを聞き届けてくれて、本当に感謝しています。だから、せめてものご恩返しに、皆さまの故郷の味を楽しんでもらえたらって思っ……」
「思い上がるんじゃねぇよ」
「……え?」
突然遮ってきたレオナードの言葉に、エンジュは顔を上げて彼を見ると、びくりと身体を震わせた。
レオナードは堅い仮面を張り付けたような無表情さで、じっと彼女を見つめている。
「オマエ、何様のつもりだ?」
「レオナード、さ、ま?」
喘ぐようにエンジュが声を漏らすと、レオナードは椅子からゆっくりと立ち上がり、エンジュを睨んだまま腕を組んだ。
「オマエのお願いをきいたからここに来たって? ホントにそう思ってんのか、え、エトワールさんよ?」
「だって……」
「そうじゃないですか!」と返そうとしたところで、レオナードが無言で詰め寄ってきたものだから、その気迫に押されたエンジュは声を呑み込み、数歩下がって俯いてしまった。
「俺ァ、誰かからこうしろああしろと強制されるのは大嫌いだ。たとえそれが宇宙の女王だろうが、伝説のエトワールだろうが変わりねぇ」
俯いているエンジュを見下し、レオナードは言葉を続けた。
「確かにキッカケを作ったのはオマエだ。けどな、ココに来るって決めたのは、自分自身だ。少なくとも俺はそうだったし、他の奴等だってそうに決まってる。……オマエのためでも、宇宙のためでもねぇよ」
「……」
エンジュは俯きながら、ぎゅっと唇を噛んだ。悔しいような悲しいような複雑な感情が込み上げ、思わず涙が零れそうになった時、ふわりと大きな手が、自分の頭に乗せられたのを感じた。
「だからよ、そんなになんもかんも抱え込もうとすんな。あいつらのことは、あいつら自身に任せときゃいい。自分の中で納得したから、俺らはここにいる。オマエが責任感じる必要はねぇよ」
「どいつもこいつも、もうガキじゃねぇんだから」と言いながら頭を撫でてくれるレオナードの手の平の温かさに、さっきとは少し違う涙が溢れてきそうになる。
その涙を誤魔化すように、エンジュは軽く首を振ってレオナードの手をどけさせた。そしてすばやく目元を右手の甲で拭って顔を上げると、レオナードを見上げて軽く笑った。
「そうですね、皆さまは私なんかよりうんと大人ですもんね。ふふっ、一番子供みたいなレオナード様に言われちゃうなんて、私もまだまだでした」
エンジュの軽口に、レオナードは一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。だがすぐに口元に笑みを浮かべると、外された手を再びエンジュの頭に乗せ、さっきよりも少し乱暴に彼女の頭を撫でた。
「ほーぉう。よくも俺様に向って、そういう生意気なこと言いやがったな、エンジュちゃんよぉ。どうやらお仕置きが必要みたいだなァ」
「イ、イタイですぅ、レオナード様っ!」
エンジュが小さな悲鳴を上げると、レオナードは楽しそうに笑いながら、彼女の耳元にそっと顔を寄せた。
「エンジュ、イイこと思いついたぜ」
「な、なんですか?」
何か企んでいそうな含みのある言葉に、エンジュは恐る恐るレオナードを振り返った。するとレオナードは案の定、目を細めて彼女を見つめている。
「オマエ、毎日俺様んとこ来い。んで、メシ作ってみな」
「ええっ、なんでですかぁ!?」
「なんでじゃねぇだろ。あの殺人料理を他の奴等に喰わす気なのかよ?」
「殺人料理って……」
反論したいところだが、確かにあれは酷すぎると自分でも思うので、やっとの思いでレオナードの手から逃れたものの、エンジュは向き直って口を噤んだ。
するとレオナードは、腰に手を当てて踏ん反り返ったまま、にやっと笑った。
「だから、このレオナード様が味見係やってやるって言ってんの。俺様に美味いって言わせたら、他の奴等んとこ行くってのはどうよ?」
「えっ?」
エンジュがぽかんとレオナードを見返すと、彼はエンジュの顔を覗き込み、彼女の前で人差し指を立てて小さく動かした。
「ただし、俺様は味にかなりうるさいってのを覚悟しとけよ。これでも客商売してたんだから、そう簡単には認めないぜ」
そう言うと、意味あり気にエンジュをじっと見つめた。すると思った通り、エンジュはみるみるうちに眉間にしわを寄せて、不満そうにレオナードを睨み返してきた。
「レオナード様こそ、そんなこと言ってたら後悔しますよ。今回はちょっと失敗しましたけど、私、ホントに料理は得意なんですから!」
「へえ、言い切ったな。面白しれぇ。どうよ、勝負してみるか?」
「望むところです!」
エンジュは自信満々に言い切ると、どんっと自分の胸を叩き、力が強すぎたのか軽く咽せた。その様子にレオナードは目を細め、口元に意地の悪そうな笑みを浮かべた。
もちろんレオナードは、そう簡単に「美味い」などと言う気はない。エンジュを他の守護聖の所に行かせない、というのが真の目的なのだ。
だがそれに気がつかなかったエンジュは、彼女の負けず嫌いな性格を掴んでいるレオナードの奸計に、こうして見事に引っかかってしまったのであった。
――だがしかし。レオナードにも計算違いがあった。
「わざわざ嘘をつかなくても、『美味い』と言える日がくるのはとうぶん先だ」と確信したのは、エンジュが通い始めてから一週間が経ってからだったという。