「俺の養女だったら、少なくとも表立って文句を言う奴はいないだろうが。それに多少変わった言動をしたところで、曹孟徳の娘であれば仕方がないと納得するぞ。なにせ俺は『乱世の奸雄』だそうだからな。むしろ花ちゃんくらい変わっていた方が、俺の娘らしくていいよ」
「孟徳さん……それ、褒めてないです」
ぷっと頬を膨らませて拗ねる花に、孟徳は慌てて「そんなことないって! あーもうっ! そうやって拗ねてる顔も可愛いけど!」と取り繕うような台詞を吐いた。
そんな二人をまじまじと見つめ、やがて文若は相好を崩すと孟徳に向き直り、改めて深々と頭を下げた。
「丞相……そのようなお考えをお持ちくださっていることなど露知らず、あなたをまた疑ったこの罪は、いかように償えばよいでしょうか」
すると孟徳は急に表情を引き締め、文若を見据えて目を細めた。
「そうだな。おまえはこれで、二度俺を疑った。本来ならば厳罰に処すところだが、それをすれば彼女が悲しもう。それに今回のことは、あくまでも身内の騒ぎで表向きにすべき話ではないしな」
「……はい」
軽くうなずいた文若の前に腰を屈めた孟徳は、驚いて顔を上げる文若をひたと見据えて目を細めた。
「花ちゃんを幸せにしろ。これが俺からの罰だ。それと……三度目はないから、そう思えよ」
言うと文若が答える前に立ち上がって花の前に移動した孟徳は、ゆっくり腰を屈めてその顔を覗き込んだ。
「で、花ちゃんにも罰を与えないとね」
「え? な、なんでですか!」
「なんでって……俺を信じてって言ったのに、俺に黙って文若と駆け落ちしようとしたでしょ?」
「駆け落ちって……そんなつもりじゃ…」
「せっかくギリギリまで黙っていて、五日目の朝に『じゃーん! 実は花嫁の正体は花ちゃんでしたーっ!』って驚かそうと思っていたんだよ。それなのに……あーあ、俺の計画台なしになっちゃった」
「う……ご、ごめんな、さ、いっ」
大げさに肩をすくめる孟徳の前で、花はうっと息を詰めると頭を下げた。すると孟徳はちらと花の頭を盗み見てから、にっと笑って花の耳元に口を寄せた。
「ね? ホントに悪かったって思ってるかい?」
「お、思ってます……って孟徳さんっ、か、かお近いっ!」
「だったらさぁ……罰の代わりにお願い、聞いてくれないかな?」
「お願いです、か?」
視線を合わせないよう恐る恐る花が問うと、孟徳はたちまち不機嫌そうな表情をし始めた文若をちらと見てから花の耳元でささやいた。
「俺のこと、これからは『お父様』って呼んでくれない?」
「え……ええっ!?」
今にも鼻歌を歌い出しそうな足取りで花の部屋を後にした孟徳は、回廊の端で待っていた元譲を見つけてくくっと笑った。
「首尾は上々だったぞ。お前も見に来ればよかったのに」
「くだらん。それに文若がお前に振り回される様など、もう見飽きたわ」
肩をすくめてきびすを返す元譲の後から、孟徳はなおも笑みを浮かべたままでついて歩いた。
「……お前にしては、えらく諦めがよかったものだ。花をあっさり文若に預けるとはな」
「仕方ないさ。花ちゃんは文若と一緒にいるときが、一番いい笑顔になるんだから。俺は女の子が一番輝ける場所に、その子を導いてあげるのが好きだからね」
「……そういうものか」
ふっと笑って歩く速度を緩めた元譲は、傾き始めた月の光に隻眼を細めた。が、すぐに軽くまばたきをしてから、後ろを歩く孟徳を振り返った。
「ところで……文若の奴、よく花がお前の養女になるのを了承したな。つまりお前は文若の義父になるということだろう? まさか気づいていないわけではないと思うが……」
すると孟徳は軽く笑って天を見上げ、ゆっくりと腰に手を当てた。
「もちろん気づいているさ。わかったうえで、ならば利用してやろうと思えるようになったんだろう。大した進歩じゃないか」
「……それもこれも、愛の力ってことか」
ぼそりとつぶやいた元譲の言葉に、孟徳は驚いたように目を見開いた。そして「しまった!」という顔をしてすっと視線を外し再び歩き出した元譲の横に素早く並ぶと、目をキラキラ輝かせながら寡黙な従兄弟の顔を何度も覗き込んだ。
「ずいぶんと詩歌めいたことを言うようになったな、元譲。お前も文若に劣らず、進歩しつつあるみたいだなぁ」
「うるさい。俺になど構わず、新しく出来る婿をせいぜい可愛がってやれ」
「あはは! 当然そのつもりだって。さぁて……新しき息子よ、これからもたっぷり可愛がってやるから楽しみにしていろよー」
心底楽しそうに声を立てて笑う孟徳を見つめ、元譲は文若の今後を案じて思わず大きなため息をついた。