「暑ちぃ……なんなんだよ、この暑さはよぉ。これなら江戸の方がはるかにマシじゃねぇかぁ…」
文句を言いながら、縁側でだらしなく仰向けに転がっている原田を、永倉はうんざりした様子で眺めると、投げ出していた足を動かして彼の脇腹を軽く蹴った。
「うるせぇよ、左之。オメーのダミ声聞いてたら、よけい暑くなるじゃねえか」
すると蹴られた原田はだらしなく笑い、今度は囁くようにぶつぶつとつぶやき始めた。
「あー、暑い暑い暑い暑い!」
「……はったおすぞ、てめぇ」
「おお。この暑さで動けるってんならやってみやがれ」
勝ち誇ったような原田の言葉にムッとしたものの、確かに彼の言う通り、この暑い中を稽古や仕事でもないのに動きたくはない。だから永倉は小さくため息をつくと、柱に寄りかかったまま、うっとうしそうに首筋の汗を手で拭った。
「オメーの戯れ言に振り回されるなんざゴメンだね…ああクソ! 汗が後から後から出てきやがる!」
そう言って永倉が、己の襟元を開いて胸元を覗き込んでいると、その様子に心底呆れたような声が渡り廊下の向こうから響いてきた。
「……だ、だらしない!」
その声に永倉はゆるゆると顔をあげ、原田はとろんとした目をそちらに向けてから、気だるそうに右手を上げてひらひらと振った。
「よー、桜庭。近藤さんの使いは終わったのかぁ?」
「ええ、いま帰ってきたところです」
言いながら鈴花はわざと足音を荒げて歩き、二人がだらりと伸びている縁側の端に立って、腰に手を当てて眉間にしわを寄せた。
「まったくもう。二人とも、なにしてるんですか!」
「なにって、こう暑くちゃよぉ…」
ぼそりと呟いて、だらしなく肩を落とす永倉の隣にしゃがむと、鈴花はごろんと寝ころんだままの原田を睨みつけた。
「心頭滅却すれば、火もまた涼しというじゃないですか。暑さなんて、気の持ちようでどうとでもなります!」
すると永倉が顔をあげて鈴花の後頭部を軽く小突くと、振り返って睨む彼女に舌を出して見せた。
「ばーか。いっくら修業しようが気を強く持とうが、火が冷たくなるわきゃねぇっての」
永倉の言葉に呼応した原田もまた、ひらひらと右手を扇子がわりに動かしながら、気だるそうに笑った。
「そうそう。どんなことしたって夏は暑ぃし、冬は寒い。ってことで、オレは自然に逆らわず、暑ぃ時はだらしなく過ごすことに決めたわけよ」
「ん、それが自然の摂理ってもんだ。ってなわけで、俺も悟り開くことにするわ」
「そんな悟りは開かなくていいですっ!」
怒鳴ると鈴花はすっくと立ち上がり、ゆるみきった二人の男を見下して、精一杯怖い顔を浮かべてみせた。
「いいですか。お二人は、いまや泣く子も黙る新撰組の幹部なんですよ。なのにこれくらいの暑さに負けて、昼間からこんな情けない姿を晒していていいと思ってるんですかっ?」
すると原田と永倉は、同時に鈴花の方へ顔を向けると、しばしの無言の後、申し合わせたようにぼそりと呟いた。
「…オメー、このクソ暑いのに元気だなぁ」
「いやぁ、感心感心」
「か、感心するところが違いますっっ!」
空にある太陽よりも赤くなって怒鳴ると、鈴花はくるりときびすを返し、二人に背を向けた。
「もぉ、いいです!」
ひとこと叫ぶと鈴花は、大きな足音を立てて縁側を歩きだした。
「呆れるにもほどがあります! もう、そうやって一生、ダラダラ過ごすといいんだわっ!」
「おー、そうさせてもらうわ」
背中から追いかけてくる永倉と原田ののん気な声に、鈴花の眉間の皺の数が増えた。そのまま頬を膨らませてドスドスと音を立てて歩くうちに、目の前が一瞬暗くなった。
「……あ、れ?」
ぽそりと呟いて右足を前に出したが、その途端につるりと足元が滑った。
「ふ……ぁ?」
「……ん?」
鈴花が呆けたような声を上げるのを聞いた原田と永倉が、視線をそちらに向けると同時に、彼女の後ろ姿がぐらりと傾いだ。