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(2)

バルコニーに着くとアルはゆっくりと息を吐き、窓辺を振り返って広間の灯りに目を細めた。

月明かりのない夜空の暗さとは違い、広間の中は温かい光に溢れている。その対比がいまの自分の心情と同じようで、アルは改めて深いため息を漏らした。

「弱音なんて……言ってる場合じゃないのに」

くるりときびすを返し石造りの手すりに両肘をついて頭を垂れた途端、後ろから覆い被さるように腕が伸びてきて、両脇の手すりを掴んだ。

「さっきから呼んでんのに、なーに無視してんだよ」

「ガウェイン……」

呟いて背後のガウェインを振り仰いだ途端、アルは軽く眉根を寄せて口を尖らせた。

「……お酒臭い」

「あ? んなことねぇだろ、樽ひとつ空けただけだぜ?」

それは相当呑んでるっていうと思う…とアルが小さく呟くと、ガウェインは眉根を寄せ腕の中の彼女を見下ろした。

「俺の中じゃ、そんくらいじゃ呑んだうちにはいらねぇっての。んなことより……勝手に一人で消えんじゃねぇよ」

「心配、すんだろうが…」と囁いて髪に口を寄せてくるガウェインの態度に、アルはくすぐったそうに肩をすくめた。

「心配してくれたの? みんなと楽しそうに呑んでいたから、私のことなんて気にしてないって思ってた」

「馬鹿。あいつらと酒を呑むのと、お前を心配すんのは全然別の話じゃねぇか」

「そっか……」

こんな何気にないひと言だと言うのに、アルは先ほど感じた心細さがすっと光の中に飲み込まれて消えていく気がして、先ほどとは違う安堵の息を漏らした。

しかしそんな心境の変化はガウェインには伝わらなかったようで、彼はアルがため息をつく様子に疎ましげに目を細めると、口を軽くへの字に曲げた。

「なんでため息つくんだよ? もしかして……ボールスになんか言われたか?」

「え?」

あの酒盛りの輪の中で騒いでいるようにしか見えなかったガウェインが、意外にも自分たちのことを見ていたことを知ったアルは、驚いたように肩を揺らした。

すると彼女の動揺をどう解釈したのか、ガウェインはますます眉をひそめて口を開いた。

「あいつ、なにを言いやがった? 怒られたのか? いや、ボールスがお前を怒るとかねぇよな……ってことはも、もしかして口説かれたのかっ!? っんの野郎っ!」

「ち、違うわ、なに言ってるの!?」

見当違いな怒りをボールスに向けるガウェインに、アルは慌てて振り返り向き合うと彼の頬に手を伸ばして軽く抓った。

「いってぇ! なにすんだよ!」

「もうっ、落ちついてよガウェインったら! お酒、やっぱり飲み過ぎだよ!」

「はぁ? だからんなに呑んでねっつってんだろ。あー、そうか。そんなら確かめさせてやらぁ」

アルに頬を抓られて顔を歪ませていたガウェインだったが、不意に口の端を引きつらせてみせるとアルの手首を掴んで頬から引きはがした。そして前につんのめる彼女を抱き上げるように腰に手を回して身体を屈めると紅色の唇に噛み付くように唇を重ねた。

「えっ!?」

不意打ちに驚いて思わず声をあげたアルだったが、開いた口の中に侵入してきたガウェインに舌を絡めとられて思わず身体を固くした。

「ん……んん…っ」

半ば強引に身体を持ち上げられ、つま先がどうにか床に触れているという不安定な体勢では、抵抗することも出来ずガウェインにしがみついているしかない。

それをいいことにガウェインは、いつになく執拗にアルの口内を思うままに貪った。

「ん、ふ…や……っ」

苦しげにアルが眉間に眉を寄せると、ようやくガウェインは僅かに唇を離して彼女の瞳を覗き込んだ。

「どうだ……酒の味なんかしねぇだろ?」

「………臭いよ、やっぱり」

目元を潤ませたアルがガウエィンを睨むと、顔を寄せたままガウェインは鼻を鳴らしてみせた。

「ああっ? んなわけねぇだろ……んじゃ、もう一回な」

「ち、ちょ……んんっ!」

アルの身体を手すりに押し付けたガウェインは、再び彼女の唇を蹂躙し始めた。

唇と舌から伝わる熱に、アルは酒の匂いも味もわからないはずなのに身体の芯が火照るように熱くなっていくのを感じて身を震わせた。

「ガウェ……イン…」

「他の男と話すのとか、一緒にいるのとか、仕方ねぇってことくらいわかってるつもりだ。お前は……王なんだしな。だけどさ……やっぱ、嫌なもんはやなんだよ…」

「……側にいてくれてただけだよ。皆とお酒を飲めないから退屈だろうって、ちょっと話をしにきてくれただけ」

口付けの合間に言葉を交わし、その時間を惜しむようにまた舌を絡めてくるガウェインに、アルは嬉しさに満たされながら懸命に応えた。

「ガウェインが好き……愛してる。ガウェインだけ…あなただけだから……」

「俺も……アル、お前だけだ……好きだ、好き過ぎてどうにかなっちまいそうなくらい……好きなんだ」

「ガウェイン……」

そっと唇を離したガウェインは、腕の中のアルの上気した顔を見下ろして目を細めた。そして彼女の首筋に顔を埋めると、熱い息を吐いた。

「……部屋、行こうぜ。俺のとこで……朝まで、一緒に…」

ぴくりとアルは肩を震わせたが、すぐに小さくうなずくと顔を伏せたままガウェインの赤い髪にそっと触れた。

「………うん。連れて行って……」

そしてガウェインの首に腕を回し、そのまま抱き上げられるのを待つように目を閉じたのだが……彼は動こうとしなかった。 しばらくキスの余韻に浸っていたアルだったが、いつまでもガウェインが動こうとしないものだから、閉じていた目をそっと開けて彼の頭に手を添えてみた。

「ガウェイン……?」

小さくささやいた途端、彼の身体はぴくと震えたが、すぐにまたアルを手すりに押し付けたまま固まっている。

やがて健やかな息づかいが聞こえてきて、そこでようやくアルはガウェインが眠っていることに気がついた。

「ちょっとガウェイン!? こ、こんなとこで寝ないで!」

「ん……」

小さく身じろいだものの、ガウェインは頭をアルの肩に預けたまま動かない。そこでアルはガウェインの背を何度も叩きながら、耳元で大声を上げた。

「ガウェインったらもうっ! 起きてよ、重いっ!」

するとガウェインはゆるゆると顔を上げ、不機嫌そうに眉間にしわを寄せてアルを睨みつけた。

「るせぇなぁ…こっちは寝てんだぞ…」

「だから起こしてるの! 眠いんだったらちゃんとベッドで寝てよ」

「あ? だからぁ、寝てんだろ…」

「寝ぼけないでってば! ここはガウェインの部屋じゃないんだから!」

「んじゃ…お前の部屋かぁ?」

「違うわよっ! もうっ!」

「早く離れて!」と抗議するアルを、ガウェインは抱き込んだまま再びうとうとと船を漕ぎ始めた。慌ててアルがなおも暴れると、せっかくの心地よさを邪魔されたのが気に入らなかったのか、ガウェインは鬱陶しげに薄目を開けるとアルの身体をぎゅーっと抱きしめた。

「ちょ! く、くるし…」

「じたばたすんな、うるせぇ……どこだっていいんだよ…お前が側にいれば、どこだって…よぉ…」

「ちょっ、ガウェインっ! 本当に寝ないでってば!」

叫ぶアルの首筋をぺろりと舐め、彼女が「ひゃん!」と叫んで首をすくめる様子に笑い声を立てたガウェインは、そのまますとんと頭を垂れ、ついに本格的な寝息を立て始めた。

「ガ…ガウェインってばっ! もうっ、ばかぁ!」

 

その後、廊下に流れてきたアルの叫び声を聞いて顔色を変えてバルコニーに駆けつけてくれたのは、残務処理をすませてから宴にやってきたランスロットだった。

ガウェインに抱きつかれたアルを見た瞬間は、すっと視線を外して「すまない、姫王。邪魔をしてしまったな」とそそくさと退散しようとしたのだが、アルが必死に現状を伝えたことで事態を悟り、呆れたようにため息をついてからガウェインを引きはがしてくれた。

「ありがとう、ランスロット。あやうく押しつぶされて死んでしまうかと思ったわ」

ランスロットに両脇を支えられてもなおぐうぐうといびきをかくガウェインを睨んだアルは、側に歩み寄ると眠る彼の両頬を掴んでぐっと横に引っ張った。

「ガウェインの馬鹿! 期待させておいて寝ちゃうなんて…罰としてしばらく口をきいてあげないからね!」

「それは、彼にとって一番厳しい処罰だな」

言って苦笑いを浮かべたランスロットだったが、不意に真顔に戻ると「それはさておき、姫王…」と言葉を続けた。

「ガウェインはなにをしようとしていたのだ? あいにく彼はこの状態だから、よければ私が彼の代わりをしようと思う。何をしたらいいのか教えてもらえないだろうか」

「え…?」

思わず声を漏らしてから、アルは酒に酔ったガウェインよりも赤く頬を染めて、後ずさりながら首を振った。

「い、いいです大丈夫! ランスロットに気にしてもらうようなことじゃ全然ないからっ!」

「しかし、仲間の失態を補うのも、筆頭騎士である私の務めだ。ましてや姫王の要請とあれば、どのような困難な行為でも…」となおも食い下がるランスロットに、アルはしきりに首を振りながら胸の内で「ガウェインの馬鹿!」という台詞を何度も反芻しつづけた。

おわり