「――ここ、は?」
目の前に広がる光景に、ジェイドはわずかに目を見開いた。
フルールの村の外れの小高い丘へと続く道を登り、辿り着いたその場所は緑色の芝生が一面を覆っていて、所々に小さな花たちが群生していた。ほんの少しだけ開けた小さな野原を見つめながら、アンジェリークは繋いでいた手を離して一歩前に歩み出した。
「――私の……お家があったところです」
アンジェリークの言葉に、ジェイドは小さく肩を震わせて彼女の横顔を見つめた。
「君の……家?」
ジェイドの声に無言でうなずくと、アンジェリークはまた一歩前に進み、ゆっくりとその場にしゃがむと足許で揺れる黄色い花の花弁をそっと撫でた。
「タナトスに襲われた後、お家も全部燃えてしまって……お父様とお母様と暮らした過去まで燃えてしまったような気がして、今まで怖くて来れなかったんです。けど……」
そう呟いてから顔を上げたアンジェリークは、感慨深げに目を細めた。
「こんなに綺麗に生まれ変わっていたなんて……。お家はなくなってしまったけれど、この場所は……こんなに素敵な自然たちが守っていてくれたんですね」
しばらく腰を下ろしたまま、吹き抜ける風に長い髪をもて遊ばせていたアンジェリークだったが、ゆっくりと立ち上がるとジェイドの方へ向き直り、頬を染めながら微笑んだ。
「ジェイドさんに見てもらいたかったんです、私が生まれて育った場所を。ジェイドさんは、私がこれから一緒に生きていく、大事な人だから……」
「それと……」と言いながらアンジェリークは風に揺れる髪を片手で軽く抑えながら、緑の芝生が広がる大地に視線を落とした。
「お父様とお母様に、ジェイドさんを会わせたかったんです。お二人の娘を愛してくれた人は……私が大好きな人は、こんなに素敵な人なのよって……自慢したかったの」
そう言って微笑んだアンジェリークの肩に、ジェイドは後からそっと腕を回した。
「お墓は、おじさまがウォードンに作ってくださったけれど、私、お二人の魂は、ずっとここにあるような気がするんです。お父様とお母様と小さいアンジェ。三人で暮らしたここに……過去や、心と一緒に……」
「……そうだね」
言って二人は、示し合わせたように同時に瞳を閉じた。
小さなアンジェリークが走り回る姿。愛娘を見つめる父親の優しい眼差しと、そんな二人を遠くから笑顔を浮かべて見守る母親。
アンジェリークの脳裏に浮かぶそんな光景が、彼女の暖かい温もりから伝わってくるように思えて、ジェイドは幸せそうなため息をついた。
「ここはアンジェ、君が……始まった場所なんだね」
「はい……」
「……ありがとう、俺を連れてきてくれて」
そう言ってジェイドは顔を空に向けると、青く澄み渡る天空に向かって言葉を紡いだ。
「アンジェのお父さんとお母さん! 二人は、いつかまたアンジェと会える時がくるよ。そこに……俺は行けないけれど」
「ジェイド、さん?」
「だからそれまで……俺がアンジェを守ってもいいかな? 二人のところへアンジェを返すその日まで、俺が側にいてもいいかな? アンジェが生きている限り、俺はずっとアンジェを守って生きていくから!」
「……ジェイドさん」
アンジェリークは振り返ってジェイドを見上げると、彼は優しい笑みを浮かべて彼女を見つめていた。
「アンジェ、ここからまた始めよう。君が生まれて育ったこの場所から……今度は、俺と一緒に……」
ジェイドをしばらく見つめていたアンジェリークは、やがて瞳を潤ませながら口元に笑みを浮かべ、ゆっくりとうなずいてみせた。
「……はい」
どちらからともなく笑みを浮かべ、何度も優しいキスを繰り返す二人を、まるで守るように風が柔らかく吹き抜けていった。