「ふにゃっ!」
「あ! ごめん、エルヴィン」
抗議の鳴き声を上げたエルヴィンに謝ったジェイドを見て、アンジェリークは慌てて彼の肩に手を伸ばした。
「エルヴィン、あなたが邪魔をしているからいけないんでしょう。なのに、ジェイドさんに文句を言うなんて!」
しかしエルヴィンは彼女の手を無視し続け、ますますジェイドの首にしがみつくように、背中を丸めてしまった。
「もぉ……」
小さく地団駄を踏むアンジェリークの様子に、ジェイドは思わずくすりと笑ってしまった。するとアンジェリークはジェイドを軽く睨み「ジェイドさんってば! ジェイドさんが優しすぎるから、この子が甘えちゃうんです。ちゃんと怒ってあげないと駄目ですよ!」と言いながら、腰に手をあてた。
しかしジェイドは微笑んだままで小さく首を傾げると「でもそれって、悪いことをした時だよね。エルヴィンは別に、悪いことをしているわけじゃない。だから、あまり怒るのは可哀想なんじゃないかな」と、逆にエルヴィンの肩を持ち、アンジェリークを説得しようとし始めた。
そんなジェイドの言葉に、アンジェリークは一瞬唖然とした表情を浮かべた。だがすぐに眉をひそめて黙り込んだかと思うと、不意にまた顔を上げた。
「……わかりました。ジェイドさんがあくまでもエルヴィンをかばうなら、私はもう何も言いません。でも、ご迷惑をかけているのは本当のことなので、お詫びに、私、お手伝いします」
「え……?」
アンジェリークの申し出に、ジェイドは瞬間的に困ったような表情を浮かべた。それは決して「彼女の手助けは必要ない」という意味からではなく、せっかくアンジェリークのために作りはじめたケーキだったので、最後まで独りで作って、出来上がったそれを彼女に見せて喜んでもらいたいと思っていたからだ。
しかしアンジェリークは彼の表情をどう解釈したのか、不安げに表情を曇らせて、ジェイドの顔を恐る恐る覗き込んだ。
「あの、でも……迷惑だったら言ってください。私までご迷惑をかけてしまうわけには、いきませんから……」
そう言ってしゅんと肩を落としてうなだれてしまったアンジェリークに、ジェイドは慌てて首を振った。
「そんなことないよアンジェ。君に手伝ってもらえるなんて、すごく嬉しい。それに……うん、そうだね」
最後の方の言葉を口の中でぽつりと呟いたジェイドは、またエルヴィンの身体にぶつからないよう慎重に腕を動かすと、アンジェリークの両肩にそっと大きな手を乗せた。
「君のことを想って作るのもいいけれど、君といろいろ話したり、君の姿を見ながら作るお菓子の方が、きっと何倍も美味しくなるという気がする。だからアンジェ、俺と一緒にケーキを作ってくれるかな?」
ジェイドの穏やかな笑みを、アンジェリークはしばらく上気した顔でぼおっと見上げていた。だが、すぐに嬉しそうに相好を崩すと「……はい」と答えて、にっこり微笑んだ。
ジェイドの作ってくれたケーキは美味しかった。一緒に飲んだ紅茶も温かくて美味しかったし、キッチンのテーブルで向い合って座り交わした会話も楽しかった。
だから時間があっという間に過ぎてしまって、ニクスが申し訳なさそうに「そろそろディナーの準備にかかりたいと、シェフ達が言ってきているのですが……」と告げに来るまで、そんなに長時間一緒にいたのだと、まったく気がつかなかった。
ニクスとシェフ達に慌てて謝った二人は「またディナーで」と約束しあうと、それぞれの部屋へと向おうとした。 すると、それまでアンジェリークの腕の中にいたエルヴィンが、ぴょんと床に飛び降りるとジェイドの側に駆け寄り、彼の足元にちょこんと座り込んだ。
それを黙ってみていたジェイドはまた屈託なく笑うと、大きな身体をギリギリまで屈め、エルヴィンの頭に手を伸ばして毛並みを揃えるようにそっと撫でた。
「じゃあまたね、エルヴィン。今日は君のおかげで、アンジェと素敵な時間を過ごせたよ。ありがとう」
そう言って立ち上がったジェイドは、アンジェリークににこっと笑いかけてから、くるりときびすを返した。
ジェイドの背中が遠ざかっていくのを黙って見送っていたアンジェリークだったが、いつの間にか彼女の元に戻ってきたエルヴィンが、足先で「にゃあ?」と鳴く声に、はっと我に返った。 そしてゆっくり上体を屈めて腕を伸ばすと、エルヴィンは心得たように彼女の腕の中に戻り、ゆっくり抱き上げるアンジェリークの腕に顔をこすり付けて咽喉を鳴らした。
その様子をしばらく黙って見ていたアンジェリークだったが、やがて小さくため息をつくと、ほんの少し頬を膨らませて拗ねた表情を浮かべた。
「もぉ、エルヴィンったら……」
愛猫に語りかけるともなしに声を漏らしたが、エルヴィンは幸せそうに目を細めたままだ。だからアンジェリークは、つい悔しくて、本音をぽつりと漏らしてしまった。
「あなたばっかりジェイドさんに甘えちゃって……ずるいんだから」
私だって、たまには――。ジェイドさんに甘えてみたいな……なんて、思うこともあるんだから。
消え入りそうな声でささやいたアンジェリークは、小さくため息を零したのだが。ふと腕の中を見ると、今の今まで彼女の心情になどまったく無関心な様子だったエルヴィンが、大きな目をぱっちりと開けて、アンジェリークの顔をまじまじと凝視していた。
そのことに驚いたアンジェリークは途端に顔を真っ赤に染め、エルヴィンから視線を逸らすと、そそくさと小走りで歩き出した。
「もぉっ! 知らないっ!」
照れ臭くてついつい声を荒げるアンジェリークに、エルヴィンは「ふにゃ?ん」とのんびりした返事を返した。